執筆を終えたいま、振り返ると、あの夏の日のことが思い出される。――『光のプロジェクト――写真、モダニズムを超えて』を書いて

深川雅文

  1985年8月のある日、僕は、ハンブルクのギャラリーに付設された書店に並んだ本を見ていた。写真についての本を探していたところ、一冊の小ぶりの薄手の本に目が留まった。目立たない灰色の表紙には「Fuer eine Philosophie der Fotografie」と黒い文字でタイトルが印刷されている。Vilem Flusserという著者のことは全く知らなかった。ドイツ語で書かれた本を立ち読み始めて間もなく、写真の文化史的な革命性を鮮明に抉り出す考察であるとの直観が脳裡を走った。出版元のミュラー・ポーレ氏にすぐに電話をし、ゲッティンゲンの街を訪れて話し合い、なんの見通しもないのに日本語に翻訳したいとの希望を伝えた。若気の至りとはこのことだろう。出版のあてはなかったが、帰国後早々に翻訳に着手した。数年間の放浪生活の後、1988年、幸い美術館に学芸員として就職することになったものの翻訳の出版の可能性は見えなかった。その10年後、事態は一変し、同書の理解者を得て、勁草書房から『写真の哲学のために――テクノロジーとヴィジュアルカルチャー』として1999年に出版していただくことになった。『写真の哲学のために』の訳者あとがきは、本書の位置づけを説明してくれるのでその一節を引用しよう。

「『写真の哲学のために』は、「写真」をテーマにしているが、現代の文化状況に対するアクチュアルな哲学的批判がベースになっており、その意味では、たとえば、ベンヤミンの「複製技術時代の芸術作品」あるいは「写真小史」といった著作の系譜に連なるものである。したがって、室井尚氏が本書の「解説」で述べられておられるように、この書は”書店の「メディア論」や「写真」のコーナーにさびしく置かれるタイプの本ではない”だろう。(略)ここでは、そのテーマとなっている「写真」に立ち返り、写真論あるいは写真史という観点から、若干のコメントを加えておきたい。というのは、フルッサーの理論は、写真を考えるための新たな文化的視座と概念の枠組みを提示しており、それを写真に関する現実の現象や作品あるいは歴史的な事象において検証することは、写真に関する理解と歴史的な認識の深化を促すのみならず、写真という領域に限定されない、脱領域的な写真論の可能性も秘められているように思われるからである」(184ページ)

  本書で筆者が進めてきた考察は、上記の引用の最後の文章に書いた「検証」の作業の実践に深く関わっていた。こうした検証は、さまざまなかたちでなされることによって、その理論の妥当性と批判が進められると思う。筆者の考察はそのアプローチのひとつであり、さらにさまざまな歴史的・美術的事象からの検証が可能であるはずである。そういう意志をもつ読者は、ぜひ、さらなる検証にトライしていただきたい。そのために、本書でフルッサーの著作に関心をもたれた人には、『写真の哲学のために』だけでなく、村上淳一氏の名訳で出されているフルッサーの『テクノコードの誕生』『サブジェクトからプロジェクトへ』(いずれも東京大学出版会)の読書をお薦めしたいと思う。

  検証のためには、理論的考察にとどまらず実際の作品のイメージに照らし合わせることも重要である。考察の現場は写真が流通する日常の生活の場であるとともに写真に関する歴史的事象にあるからである。本書は、写真についての本でありながら、所収する写真は十指にも満たない。その代わりに、本文のなかに図版注を多数挙げて、実際の作品イメージとの参照可能なかたちをとることができた。これは、ひとえに、美術出版社の『カラー版 世界写真史』をはじめ同社のカラー版美術書など日本語の美術出版が充実してきているという事情によって可能になった。こうした図版に照らし合わせながら本書を読み進めていただければ、本書がたんなる理論の書ではなく、実践的な書であることを感じていただけるのではないかと思う。

  よほど力量のある執筆者の場合はさておき、本の出版は、自らの意志でコントロールできるものではないのではないか。この本も例外ではないだろう。出版をめぐるさまざまな条件・環境の変化が、この本の出版を遅らせた面もあり、また時間の経過によって逆に促進させ、時宜を得させた面もある。冒頭に記した夏のある日がこの夏の出版に繋がるとは筆者自身想像できなかった。そして、注として挙げるべき図版の環境の充実ももちろん予想できなかった。一冊の本が、さまざまな人々の思索と出版への努力とに結びついていることを強く感じ、本書がその無限のネットワークの末端に連なることに感謝したい。そして、願わくば、この本がさらなる人々のリンクを導きますように。

音楽で人と人をつなぐ――『音楽療法士になろう!』を書いて

加藤博之

 本書『音楽療法士になろう!』は、私たち二人(加藤博之、藤江美香)が長年にわたっておこなってきた音楽療法の実践をもとに、理論と実際をわかりやすくまとめたものである。
  読者は音楽療法と聞いて、きっと何かすてきな響きを感じるかもしれない。音楽という言葉には、美的な感覚や人を安らげるところがある。あるいは、音楽療法という言葉自体にあまりなじみのない人もいるかもしれない。一般的には、音楽療法士はまだメジャーな呼び名とはいえないのだろう。長年音楽療法をおこなっている私たちでさえ、いろいろな人から「音楽療法? それは癒しでしょう」「ヒーリングのこと?」「モーツァルトの曲が効くんだよね」などと言われる。最近になって少しずつ理解者が増えてきているものの、まだまだこういった意見を多く聞く。それは、当たっている部分もあるが、音楽療法の一面を指摘しているにすぎず、結局受け身のニュアンスが強いのである。そこには、最も大切なセラピストとクライアント(対象者)相互の「やりとり(コミュニケーション)」がないのである。じつはこの「やりとり」にこそ、音楽療法の大切な有効性が隠されている。療法士とは言い換えればセラピストのことであり、それはまさに人とかかわる仕事なのである。そして、音楽を使って人とかかわるのが音楽療法士である。
  本書では、難しい理屈を並べ立てるという構成にはなっていない。人とかかわる仕事で最も大切なことは、こちらが相手に何かをしてあげるのではなく、ともに過ごすなかで互いに影響を受け合い、一緒に学び合うということなのである。謙虚な姿勢をもってはじめて対象者に向き合うことができる。セッション(音楽療法の活動)を通じて、セラピスト自身が得ることが非常に多い。とにかく、人間性が磨かれないとできない仕事なのである。だからこそ、療法士は魅力的な職業だといえるだろう。
  本書では、全編を通して「音楽療法士とは何か」を問い続けている。そして結局、最後まで明確な答えは出せないでいる。でもそれは当たり前のことなのかもしれない。なぜなら、音楽療法自体、日本ではこれからの領域であり、現在さまざまな理論や方法論が提案されているものの、「どれが最も有効か」ということは多くのセラピストが日々の実践を重ねるなかで検証されるべきことだからである。私たちも民間の立場で、これまで多くの対象者(主に障害のある子ども)とかかわってきた。そこで子どもたちからさまざまなことを学び、徐々に自分たちのスタイルを確立するようになった。本書で紹介している理論や方法論は決して私たちの最終到達地点ではないが、いまの時点でおこなっていることは今後もぶれないだろうと確信している。つまり、多くの年月を経てきて、やるべきことがやっと見えてきたのである。
  社会には音楽療法の本があふれている。どれも密度の濃い内容だが、概論的だったり、複数の著者がいろいろな方法論を紹介していたりするため、全編を読み通したときにセラピストの具体的な姿が浮かび上がってこない。私たちは、読者が読後に「なるほど、こういうセラピストがいるんだ」「このような経過を経てセラピストとして仕事をしているんだ」と感じるように、セラピストの生の姿、言い換えれば人間的な部分を特に強調したかったのである。セラピストは、限りなく人間的な仕事なのだから。それがどこまで達成できたかは読者の判断にゆだねることにするが、少なくとも自分たちの経験と学んだことは惜しみなく書きつづったつもりである。正直、ここまで書いていいのかと著者が躊躇するほど書いてしまった感もある。でも、一人でも多くの人に、自分たちが「生きる」ことと「セラピストが成長する」ことをダブらせながら、音楽療法士を目指していただければと思う。もちろん、「音楽療法士」が音楽表現を日々磨いていくことはいうまでもない。ただし、それは高い技術を一方的に相手に聴かせるのではなく、相手とその場を共有できる音楽空間を創造するために、さまざまな技能を鍛錬するのである。
  最後に、著者の加藤は音楽を独学で学んだ。一方、藤江は音楽大学出身である。この対照的な二人が組んでおこなう音楽療法はどのようなものか、という観点からも、本作を読んでいただけると興味が倍増するのではないかと考える。互いに影響を受け合って、いまがあるのだから。

ブリティッシュ・ロックの世界へ続く「次の一歩」――『英国ロック博覧会――黄金時代を彩った名盤200選』を書いて

舩曳将仁

 本作『英国ロック博覧会』は、2006年2月に刊行した拙著『ブリティッシュ・ロックの黄金時代』(青弓社)の続篇といえるものだ。前著は、1960年代初頭から70年代初頭にかけてのブリティッシュ・ロック・シーンの歴史を「教科書」的に紹介するものだった。本書は、その世界により近づくためのガイドブックである。
  ブリティッシュ・ロックの世界は、まるで洞窟のように奥が深い。僕自身もいまいったいどのあたりを歩いているのか全くわからない。ただし、そのどこまで続くかわからない冒険が楽しくてしようがない。出口かな?と思ったら新たな洞窟への入り口だったり、いくつかの道が結局はひとつにつながっていたり、興味深い新種の生き物に出くわしたり、心休まるオアシスを発見したりと、並の小説やロールプレイング・ゲームよりもワクワクさせられる。
  しかも、そこで出会った音楽たちが、悲しいときに慰めてくれたり、自らを奮い立たせる場面で勇気づけてくれたりするのだから、生きている限りこの冒険を続けたいと思っている。
  音楽は人生や心を豊かにしてくれる。それなのに音楽業界が不振というのは、なんとも悲しい話だ。人心がすさんで、目を覆いたくなるような事件が増えている現実と、音楽をはじめとした文化を軽視する傾向の強まりが比例しているように感じるのは、僕だけだろうか?
  ……と、そんなたいそうな話は、この本に一切ないのであしからず。単なるガイドブックなので。
  僕にとっては音楽が人生であり、人生が音楽だ。音楽は世界の共通語で、音楽が世界を救うのだ。ノー・ミュージック、ノーライフ!!
  ……と、そんな煮えたぎるような熱い想いも入っていないのであしからず。ほんと、単なるガイドブックなので。
  僕自身が何度も音楽に助けられ、勇気づけられ、励まされてきた経験を持つので、音楽評論家である以前に一ファンとして、音楽に興味を持ってくれる人が増えればいいなと、そのきっかけを与えることができたら、こんなにうれしいことはないなという想いで、この『英国ロック博覧会』を執筆した。
  本書では、1960年代初頭から70年代初頭の、ブリティッシュ・ロック黄金時代に発表された200枚のアルバムを紹介した。本書で紹介したアルバムを全て聴いていただければ、当時のブリティッシュ・ロックの面白さや多様性がわかっていただけるのではないだろうか。勢いあまって前作よりページ数が多くなってしまったけれども、時間のあるときにでもペラペラとめくって、「おっ!これは!」と感じるようなアルバムと出会ってくれればうれしく思う。
  本書は、そういった単なるガイドブックなのだ。
  ただし、「なんだ、単なるガイドブックか」と軽い気持ちで読もうと思えば、あまりにもマニアックな世界なので驚くはずだ。書いた本人が、その情報量にクラクラしているぐらいだから、普通の音楽ファンからすれば、「どこが単なるガイドブックやねん!」とツッコミを入れたくなるに違いない。そんなときは、ぜひとも前著『ブリティッシュ・ロックの黄金時代』とあわせてごらんいただきたい。『英国ロック博覧会』の巻末には、前著も参照できる索引がついているので、これは便利!(ちゃっかり宣伝してすみません)。
『ブリティッシュ・ロックの黄金時代』で、深遠なるブリティッシュ・ロックの世界へ「最初の一歩」を踏み出した方には、ぜひともこの『英国ロック博覧会』を手に取って、「次の一歩」に進んでみてほしい。

  追記:いま読み返して気づいたのだが、本書『英国ロック博覧会』の「まえがき」と「あとがき」で「二〇〇五年」としているところは、「二〇〇六年」の間違いです。この場を借りて訂正します。

つかこうへいさんのこと――『ミュージカルにいこう!』を書いて

ささきまり

  好きなものを褒める、というのは楽しいものです。拙著『ミュージカルにいこう!』でも、ずいぶんいろいろと好きなものを褒めることができてうれしかったのですが、あっという間にページが尽きてしまいました。褒めたい人や作品はまだまだたくさんあります。そのひとりが、作家のつかこうへいさんです。そもそもつかさんの作る舞台はストレートプレイなので、それでこの本では褒めるのが後回しになった、ということもあるのですが。とりあえずこの「原稿の余白に」の場をお借りして、ちょっと褒めてみたいと思います。
 つかこうへい作品にふれたことがある方はご存じだと思うのですが、彼の描く世界や台詞には独特の力があり、それはときに暴力的と感じるほどの強さももっています。そのため私は昔、つかさんという人は、たとえば機嫌の悪いときに「つかさん、あのぅ……」と話しかけようものなら「うるせえな、このバカがよ」と返されてしまうような、とても気難しくて怖い人なのではないかと思っていました。けれども、文字と文字の間にあふれた優しさもまたとてつもない大きさで、ことにそれが舞台の上で役者の体を借りてあらわれたとき、客席の私たちの心にはなんとも温かな気持ちが生まれます。なので、もしかしたらほんとうは優しい人なんじゃないかしら、という疑惑も拭いきれませんでした。それが確信に変わったのはいまから15年ほど前、お電話でお話ししたときのことです。お話ししたといっても、以前働いていた会社のチケットセクションでつかさんの『熱海殺人事件』という公演をまるごと預かってチケットを販売したことがあり、そのことで主担当だった先輩あてにつかさんご自身がお電話をかけてこられたのをたまたま私がとった、というだけのことなのですが。
 「もしもし、つかです」
 受話器を通して聞こえてくる声はたいへん低く、落ち着いたものでした。
 「あの、あの、いま○○は外出しております」
 「そうですか。では○○くんが戻ってきたら伝えてください」
 そういってつかさんは、ゆっくりと丁寧に、劇団側で必要になったのでいついつのどこそこのチケットを2席ほど押さえておいてほしい、というようなことをおっしゃいました。私は面食らいながらも、つかさんの声の不思議な響きに癒されていくのを感じました。私は確信しました。こんな声をもっているつかさんは、やっぱり優しい人にちがいない。そして受話器を置き、たったいまメモをとったはずの白い小さな紙に目を落として、愕然としました。

 はい かしこまりました
 かしこまりました
 はい
 かしこまりました

 ……ありえません。あまりに舞い上がっていた私は、つかさんの指定した日にちや席の番号ではなく、自分が復唱している言葉のほう、しかも相づちだけを書き起こしていたのです。まあ、電話をしているときに紙とペンが手元にあると、なぜか同じ単語を何度もなぞってしまったり、いろんな大きさの丸や三角をたくさん書いてしまったりという不思議な現象が起こりがちです。しかしこれはひどすぎる。青ざめた私に、同僚たちが「たしか○○日って復唱してた!」「○列っていってた気がする!」などと記憶を寄せ集めてくれたおかげでどうにかことなきをえましたが、まったくもって情けない思い出です。
このチケットセクションにいたとき、私は、お客様からの電話をとったり、営業の方とお会いしたり、情報誌の編集に携わったり、チケットを予約するシステムを作るお手伝いをしたりしました。そして、芝居を支える人たちは、劇場や稽古場の外にもたくさんいるのだということを学びました。1枚のチケットを誰かに手渡すまでに、どれだけ多くの人たちが時間や気持ちをさいて準備をしているのか。いまでもチケットをとるとき、電話1本やメール1本の向こうで起きているいろいろなドラマを想像します。15年前に比べればずいぶんシステマティックになったようにみえるチケット予約ですが、関わる人たちのてんやわんやぶりはおそらくあまり変わっていないことでしょう。そんなほほ笑ましさも含めて、観劇が好きなのかもしれません。
 ちなみにつかさんですが、その後いろいろな方からきいた話を統合してみると、やはり優しい方らしいです。数々の猪突猛進エピソードには、かなり長嶋茂雄的なインパクトとスケールの大きさを感じます。たぶん、「つかさん、あのぅ……」と話しかけたら「お! なんだ」と前のめりで応えてくださるのではないでしょうか。そういえば、つかさんの舞台はストレートプレイといっても、ほとんどの場合ダンスシーンがあるんですよね。役者さんが突然マイクを握って歌ってしまうこともありますしね。それと、多くの作品のエンディングには、いままでの悲しみをひっくり返すような奇跡的などんでんがえしが用意されています。『蒲田行進曲』で映画監督や女優の小夏が繰り返す「ここはキネマの天地ですよ。望めば、どんな願いも叶うところなんです」という台詞。“キネマ”を“ミュージカル”に入れかえてもそのまま通じるような、美しい言葉です。
 ああ、またページが尽きてしまいました。このつづきは、また後日どこかで。

パワーストーンが毎日を明るくする――『癒しの宝石たち――パワー効果と活用法の事典』を書いて

北出幸男

  いまでは小学生の子供でも、水晶は幸運を運んでくるとか、ラピスラズリは運をよくする、ローズクォーツは恋人を招く、とかということを知っている。
  ことのおこりは、20年ほどまえに始まったパワーストーンブームにある。
  当時はアメリカ文化がまぶしい時代だった。ショッピングモールや量販店など、アメリカでの流行は5年ほど遅れて日本列島に到来してメディアをにぎわせていた。
  クリスタル・ヒーリングという言葉もアメリカ発の情報として私たちのもとに届いた。そのころぼくは、おもに雑誌のために原稿を書いたり写真を撮ったりして記事をまとめるという仕事をしていた。ある雑誌でマインドパワー強化のための特集を組むことになって、クリスタル・ヒーリングを項目のひとつに入れようと思った。それは視覚効果抜群で、いかにもニューエイジという感じが魅力的にみえた。
  ところがいざページを作ろうとすると、該当する製品がどこにもなかった。手に入らない製品を使って記事を作るわけにもいかず、さりとてあきらめるにはしのびなかった。
  結局はお気楽な気分で、「OK、売っていないのであれば自分で売ればいい。そうすりゃとにかくページを作ることができる」と考えた。
  こうやってパワーストーンとの付き合いが始まって約20年たつ。この間、パワーストーンについての単行本を5冊書き、いくつかの雑誌でパワーストーンがらみの特集ページを組んだり、編集に協力してきた。
  そんなわけでこの本には20年間に蓄積してきた情報の「おいしい部分」だけが、アラジンが開いた洞窟の財宝さながらに詰め込んである。気分では自分とパワーストーンとの関係の総決算一歩手前というつもりで書いた。
  今日ではインターネットの普及はなはだしく、100人が100の意見を不特定多数の人にむかって表現できるようになっている。それは悪いことではないのだが、ことパワーストーンやスピリチュアルな領域に関しては、あと5センチ賢くなるならもっと多くが見えるだろうにと思えるような情報が錯綜する状況を生んでいる。楼門に驚いて本殿を見ずにいるのは惜しいことだと思ってもいる。
  まずはこれを何とかしたい。レベルの低い情報や、吟味するなら「実」のない情報に惑わされずに、いつまでも初(うぶ)な心持ちでパワーストーンに接する方法がある、それを提示したいという気持ちが本書には込められている。

  本書は以下に述べる5つの小事典からなっている。
(1)水晶の形状別小事典……水晶ポイントは形状によってさまざまな名称がある。「石の花」のひとつひとつに与えられた名前だと思うなら、眺めるだけで神秘に出会える。
(2)水晶 色と内包物の小事典……ユリやバラにたくさんの種類があるように、水晶もまた色と内包物によって種類分けされている。知らない名前の石たちに出会って驚けるなら、それは楽しいことである。
(3)メノウとオパールの小事典……メノウ・オパール・ジャスパー・テクタイトなど、おもに潜晶質や非晶質の水晶の仲間たちをひとつにまとめた。
(4)ケイ酸塩鉱物の小事典……水晶の成分であるケイ酸(シリカ)にアルミニウム・鉄・マグネシウムなどが結びつくと、多種多様の鉱物が誕生し、万華鏡さながらの鉱物たちのミラクルワールドが一挙に開く。ここでは石たちの集いに胸躍る喜びを体験できる。
(5)各種鉱物の小事典……鉱物の科学的分類に従って、ケイ酸塩鉱物に属さないものをひとつにまとめた。宝石の成分を確認するだけでも多くの驚きに出会える。パワーストーンの心理学的パワー効果を学ぶなら、だれもがそこに光明を見いだせる。

「すべての宝石鉱物はパワーストーンである」とこれが全体の支えで、超古代から近代に至るまで、珍しい石や美しい石はことごとくすべてが、彼岸のパワーが凝集したパワーストーンとして扱われてきた。美しい天然石を愛でる人々の心根には、縫いぐるみに話しかける子供たちのような純真なきらめきがあった。
 パワーストーンに興味をもつ人のすべてが、そうした心根をより確かなものとできるよう願っている。

「こんな本があったら」を実現して――『クラシックCD異稿・編曲のたのしみ』を書いて

近藤健児

 こんな本があったらいいな、そう思って書きだしたのはいいが、はっきり言って私の力に余る仕事で大変だった。ここでは校正終了後2006年の11月までに出た新譜や、不覚にも書き落としが判明した音源をまとめて記しておきたい。

モーツァルト 
 はじめに新譜から。『ピアノ協奏曲第18番変ロ長調K.456』のフンメル編曲版、白神典子ほか盤(BIS)は同じくフンメル編曲の『交響曲第40番ト短調K.550』との組み合わせでリリースされた。
『交響曲第30番ニ長調K.202(186b)』『交響曲第32番ト長調K.318』『交響曲第37番ト長調K.444(425a)』および『ピアノ協奏曲第9番変ホ長調「ジュノム」』の第2楽章をブゾーニがピアノソロに編曲したものを集めて録音した、ヴィンセンツィ盤(DYNAMIC)もリリースされた。
『歌劇「魔笛」K.620』の抜粋をフルート、ギターとヴィオラで演奏したトリオ・コン・ブリオ盤(ANIMATO)も出た。
 次は遺漏である。『ピアノソナタ第11番イ長調K.331』『第15番ハ長調K.545』『「アヴェ・ヴェルム・コルプス」K.618』『グラスハーモニカのためのアダージョ ハ長調K.356』『行進曲ハ長調K.408-1(383e)』『「ああ、ママに言うわ」の主題による12の変奏曲ハ長調K.265(300e)』や『フィガロ』『魔笛』のアリアをマンドリンとギターで演奏したものに、テヴェス/ヴァッガー盤(ANTES)がある。本書ではノーマークだったが、ほかにもマンドリンソロやアンサンブルなどへの編曲は相当数存在すると思われる。ギターやマンドリンへの編曲のCD情報は専門店ムジーク・ゾリスデン(http://www.musik-solisten.com/index.html)が詳しい。
『ファゴットとチェロのためのソナタ変ロ長調K.292(196c)』は調査不足で多くの編曲を書き落とした。クラリネットとバセットホルン版(ライスター/マジストレッリ盤、CAMERATA)、2ファゴット版(ゴーデ/ハード盤、ANTES)、2コントラファゴット版(ニグロ/レーン盤、CRYSTAL)、2バス・ヴィオラ・ダ・ガンバ版(ハーシェイ/ジェッペセン盤、TITANIC)、ファゴットとハープ版(ルーブリ/タリトマン盤、ARCOBALENO)などがある。
『歌劇「魔笛」K.620』『歌劇「フィガロの結婚」K.492』『歌劇「ドン・ジョヴァンニ」K.527』の主要曲にはクラリネットおよびバセットホルンによるライスター/L&L・マジストレッリ盤(CAMERATA)がある。
『2台のピアノのための協奏曲変ホ長調K.365』を2台のハープの協奏曲に編曲したものに、ミシェル/メストレ盤(EGAN RECORDS)がある。CDの存在は知っていたが詳細情報がわからず本に記載できなかった。メーカーから取り寄せてみてはじめて原曲が判明。面白い試みだがやや音量不足は否めない。
 読者からのご教示で、『クラリネット五重奏曲イ長調K.581』『イ長調K.581a(断片)』にマジストレッリ/北条純子によるクラリネットとピアノ版(BAYER)があることを知った。また、本書28ページのハイモヴィッツ(Vc)によるセル編曲チェロ協奏曲の第2楽章の原曲が『ディヴェルティメント ニ長調K.131』であることも、同じ方から教えていただいた。

ベートーヴェン
『交響曲第6番ヘ長調Op.68「田園」』の弦楽五重奏版には、プロ・アルテ・アンティクア・プラハ盤(ARTESMON)があることが判明。BONA NOVA盤とは別に『第5番』とこの曲を録音していたようで、旧譜だが国内の各ショップではつい最近はじめて紹介され、早速取り寄せて聴くことができた。これで弦楽五重奏版の未紹介は『第2、4、9番』の3曲である。『チェロとピアノのための「マカベウスのユダ」の主題による12の変奏曲』にはマハラ編曲・演奏のホルンとピアノ版がある(MSR)。

シューベルト
『歌劇「アルフォンソとエストレルラ」D.732』にはハルモニー・ムジーク(木管合奏)版があり、リノスE盤(CPO)がある。
歌曲21曲をホルンとピアノで演奏したキング/テイチャー盤(ALBANY)も出た。

ブラームス
  ピアノ連弾のための『21のハンガリー舞曲集』からはじめの10曲をモシュコフスキがピアノソロに編曲した音盤もあり、ブジャージョ盤(PROPIANO)で聴くことができる。ブラームス自身もピアノソロ用に編曲しており、これにはビレット盤(NAXOS)がある。ブラームス自身の編曲で重厚な和音が登場する個所が、モシュコフスキはアルペジオによって軽くしなやかに編曲している。そのほか、この曲の管弦楽編曲にもいくつかの種類があり、たとえばS=イッセルシュテット/北ドイツSO盤(ACCORD)の『第8、9番』は通常録音されるショルム編曲ではなく、ブロイヤー編曲。
  なお本書では書き落としているが、ブラームス自身の編曲ということなら、ピアノ連弾の『ワルツ集「愛の歌」Op.52a』『ワルツ集「新・愛の歌」Op.65a』の原曲は同名の四重唱曲だし、ピアノ連弾用の『「ワルツ集」Op.39』にはピアノソロ編曲もある(ジョーンズ盤、NIMBUSなど)。
  読者からのご教示で、『クラリネット五重奏曲ロ短調Op.115』にマジストレッリ/北条純子によるP・クレンゲル編曲のクラリネットとピアノ版(BAYER)があることを知った。

チャイコフスキー
『バレエ組曲「くるみ割り人形」Op.71a』および『バレエ音楽「白鳥の湖」Op.20』から5曲をシュトラートナー編曲で8人のチェロ奏者によるアンサンブルに編曲した、アハト・チェリステン盤(CAMERATA)が新しく出た。

ドヴォルザーク
『4つのロマンティックな小品Op.75』『スラヴ舞曲Op.46-3,8』にはマハラ編曲・演奏のホルンとピアノ版がある(MSR)。

ネットでは解決しないものがある。だから、本を書く――『音楽は死なない!――音楽業界の裏側』を書いて

落合真司

 音楽業界の最新事情を分析・解説する授業を音楽系の専門学校でおこなっている。その講義ノートを一冊の本にしたいと思い、2003年に『音楽業界ウラわざ』を出版した。音楽業界への就職を希望す人はもちろん、音楽になんとなく興味がある人まで広く読んでもらえればいいと思った。
  実際に本を出してみると、意外な人たちから反応があった。あるインディーズバンドと話をしているときに、「メンバー全員で回し読みしてますよ。ちなみに、別のバンド仲間から勉強になるよってこの本が回ってきたんですけどね」と言ってくれたり、知り合いになった音楽プロダクション社長にこんな本を書いていますと名刺がわりに本を渡そうとしたら、「それ、もう読みましたよ。この前FM局に行ったら、この本おもしろいから読んでみてと言われて、一気に読ませてもらいました。よく調べてあるなあって感心しましたよ」と言われた。
  音楽業界を目指している人だけでなく、すでに業界で活躍している人たちがわたしの本を手に取ってくれている。しかもコミックのように本がつぎからつぎへと回し読みされている(自分の本が回し読みされるのをいやだとは思わない。自分でいうのもナンだが、いい本ほど旅していくものだと思っている)。
  あれから3年。音楽業界は大きく変動した。音楽配信によって楽曲の扱われ方や業界マップが急速に変化した。CDはなくなるのか……そんな声をよく耳にするようになった。
  そんなとき、教室にいた学生がポータブルCDプレーヤーで音楽を聴いていた。いまどきiPodではなくCD? かさばって持ち運びに不便だろう。そう思って教室を見渡すと、他にも数人の学生がポータブルCDプレーヤーを使っていた。「どうして?」と尋ねると、CDの方がいい音だからという返事だった。
  CDがなくなるとかなくならないという以前に、もっと単純なことをわたしは見失いかけていた。いい音で音楽を楽しみたいという原点だ。
  ユーザーが本当に求める音楽ライフはどんなものなのか。音楽業界は音楽配信をどう展開させようと考えているのか。そういったことを中心に本を書いてみようと思った。
  ちょうどそんなとき、『音楽業界ウラわざ』を読んでくれた人たちから、続篇を読みたいという声が聞こえはじめた。そして偶然にも『音楽業界ウラわざ』の増刷の連絡が青弓社から来た。
「書かなきゃ」。たしかな追い風を感じた。
 
  実は、本を書くうえでいつも悩むことがある。本にする意味は何か、ということだ。
  ネット利用者が6,500万人もいるいま、知りたいことのほとんどはクリックすれば手に入る。より正確でより新鮮な情報にたどりつくことも簡単になった。
  そんな時代に、数カ月もかけてつくる書籍にどれだけ人は期待するのだろう。
  何が何でも本にしなければならない。本にしかできないこと。その答えが見つかるまで、絶対に原稿は書かないでおこうと思っていた。
  でも、そんなに難しく考えることなどなかったのだ。読みたいと言ってくれる人がいるなら書くべきなのだ。
  知りたいだけならみんなパソコンの電源を入れる。だけど、整理して分析し、解釈をつけ、問いかけたり主張するところまで現在のネットは発展していない。
  新聞やCDがなくならないように(そもそもレコードだって消えていない)、本というかたちでしか完結しないものがある。
  ネットでは解決しないものがあるから、わたしは本を書く。ただそれだけだ。

 ちなみに、本屋でバイトをしている学生が、本書の書店用POPを手描きしてくれた。音楽も本も、そういうぬくもりが大切なんだ! 音楽は絶対に死なない!

クラシックが地球を救う……?!――『それでもクラシックは死なない!』を書いて

松本大輔

 やつらは突如やってきた。
 透明な宇宙船でやってきたやつらは、1日目で世界中の各国の軍事基地を殲滅。2日目にアメリカ、イギリス、日本をはじめとする大国の政治的中枢を破壊。
 3日目、緑色の光線が世界中の都会を焼き払っているというニュースを伝えたのを最後に、新聞・テレビ・インターネット・電話などあらゆる通信手段は使用不能となった。もちろん飛行機・鉄道・船などの交通機関はとっくに停止している。
 人類はわずか3日でやつらの前に陥落したのである。

 4日目、かろうじて残っていた自衛隊が、街の生存者をいっせいに避難所に誘導していくことになった。私たちは着の身着のまま、大急ぎで最低限の食料と飲み物だけを用意した。
 ……そして、怒られそうだが、私は書斎にあった膨大なCDのなかから、お守りがわりに3枚のアルバムを探し出し、ジャケットのポケットに突っ込んだ。新刊『それでもクラシックは死なない!』という本に掲載したCDたちである。しかしこの本が出ることはもうないのかもしれない。……それより、この3枚のCDを聴くことさえもうないかもしれない。
 自衛隊のトラックは出発した。
 ところが道路は寸断されていてわずか30分ほどで立ち往生した。おそらく全長数百メートルの車列である。やつらに見つかったら攻撃対象になるのは間違いない。
 そしてその予感はすぐに的中した。突如空中から放たれた緑色の光線が、目の前の装甲車を一瞬にして消滅させた。トラックに乗っていたわれわれは完全にパニック状態に陥り、一片の理性もない哀しい群衆と化した。
 私はあっという間に家族と離れ離れになっていた。急いでもとの場所へ戻ろうとするが、押し寄せる群集に飲み込まれ、戻ることも進むこともできない。
 そのとき、まわりが真っ白になり……意識が途切れた。

 それからどれくらい時間がたったわからない。気づいたら、真っ白な祭壇のようなところに立っていた。
 目の前にやつらがいた。しかし真っ白な光に包まれているやつらの姿を直視することはできない。どうやらあまりいい状況ではない。……が、最悪の状況でもないような気がした。
 ぼーっとしている私の頭に、突如やつらの意識が入り込んできた。
「おまえの持ち物のなかに、3つの媒体が入っていた。これはなんだ?」
 目の前に、先ほどジャケットに入れたCDが3枚置かれていた。
「これは……CDです。音楽が入っています」
「音楽とは何だ? あらゆる原語解釈装置で調べたがどこの星雲の原語とも異なる。暗号でもない。まったく意味のないデータの集まりとしか思えない」
「データじゃないです。音楽ですから」
「音楽とは何だ?」
「楽器や声で、いろんな音色を奏でるんです」
「それに何の意味があるのだ? さまざまな音程の音が入っていることは確認したが、それがどういう意味をもつのだ?」
「意味はありません。それを聴いて、いろいろ感じるのです」
「よくわからん。くわしくこの3枚の媒体を説明してみろ」

 1枚目……。カレル・アンチェルがチェコ・フィルを指揮した1968年5月12日の『わが祖国』ライヴ。
「これはほかの国に占領されそうになったときに、その国の人たちが集まってお互いの勇気を高めあったときの音楽です。憎しみや怒りを、国を守るための勇気に変えてくれるのです」
 2枚目……。ガブリエル・フェルツが指揮したスークの『幻想的スケルツォ』。
「これはとてもとても美しい音楽です。聴く人の心の中にある絶望やおそれを、希望と喜びに変えてくれます」
 3枚目……。ラウテンバッハーがヴァイオリンを弾いた、ビーバーの『ロザリオ・ソナタ』。
「これはとても安らかで慈しみに満ちた音楽です。これを聴けば、どんな生き方をしてきた人でも、神の愛を感じることができると思います」

「おまえは何を言っているのか? おまえの言うことが本当であれば、この媒体を聴くだけで、おまえたち地球人はどのような状況でも希望と勇気をもちえるということになる」
「いえ、まあ必ずというわけではないのですが……」
「そして、われわれのような高次の生命体でもまだいつでもコンタクトできるわけではない神の意思に、おまえたちはいつでも自由に接触できるというのか?」
「そんな。いつでも感じることができるというだけです」
「それは不可能だ。そんなことは許されない」
 やつらは目の前のCDを取り上げた。
「でもこのCDを取り上げても、地球上にはこれと同じくらいすばらしい音楽がまだたくさんあります」
「ではすべての媒体を取り上げる」
「でもCDを取り上げても、楽器さえあれば地球人はいつでも音楽を生み出すことができます」
「ではその楽器というものも取り上げる」
「でも僕たちには歌があります。結局何をしたって地球人は生きている限り音楽とともにあるんです。だから地球人は絶対にあなたたちに降伏しないし、いつも神様がそばにいてくれる」
 やつらは目に見えて動揺し始めた。
「おまえの言ったことが本当かどうか調査する。おまえのDNAには、存在した地球人すべての知識と経験が収まっているのだ。それをチェックすればすぐに結果が出る」
 一瞬脳髄が真っ白になった。永遠のときを1秒間で経験した。
 意識が戻るとやつらはさらに動揺していた。
「この戦いは中止だ。戦略コンピュータによると地球人は地域によって宗教も思想も政治も経済もすべてバラバラだから占領は容易だという結論だったが、その戦略コンピュータに「音楽」という概念はなかった。その意味不明な「音楽」というものに対して共通認識をもつこんな生命体を、これ以上攻撃し続けるのはあまりにもリスクが大きすぎる」
 天井がぐるりと回った。また意識が遠くなった。「学習しないように、時間を4日前に戻す」。なんとなくそんな声が聞こえたような気がした。

 気づいたら自宅の庭だった。服装はやつらといっしょにいたときのまま。家に入って確かめると、やつらが攻め込んでくる前日の夕方。
 時が戻っている。やつらといっしょに母船にいたからか、私は時間を逆行しながらも記憶を失っていなかった。
 呆然としている私に家族が尋ねる。「ねえ、今日の晩ごはん何にする?」。もちろん彼らは何も知らない。
 晩ごはんのとき、まあ理解してはもらえないだろうと思いながらこの4日間の話を家族にした。息子たちは目を丸くして聞いてくれたが、妻は「で、それを私たち以外の人にはまさか話さないわよね」と言いながら風呂を掃除しに行った。
 まあ、息子たち以外は誰も信じないだろう。だが、このくすんだ3枚のCDが人類を救ったことは、まぎれもない事実なのである。

 ちなみに、幸いにも『それでもクラシックは死なない!』はその後無事刊行された。

「ぜいたくな 哀しさ」のこと――『滝田ゆう奇譚』を書いて

深谷 考

  いつも、長篇を何年もかかってようやく書き上げたあとで、書くべきだったのに書ききれなかった事柄が、二つ三つにとどまらないくらい、ある。校正の段階で何度も直してみようとも考えるのだが、いったん書いてしまった文章の勢いや流れを変えることは大変むずかしい。
 『滝田ゆう奇譚』でも、幼少年時代の意味を考えるところで、吉原幸子の「幼年連祷 三」所収「1 喪失ではなく」の詩を引用して、「幼年」の「時代」の意味について、もっと踏み込んで書くべきだった――の悔いが残った。

  大きくなって
  小さかったことのいみを知ったとき
  わたしは〝えうねん〟を
  ふたたび もった
  こんどこそ ほんたうに
  はじめて もった

  誰でも いちど 小さいのだった
  わたしも いちど 小さいのだった
  電車の窓から きょろきょろ見たのだ
  けしきは 新しかったのだ いちど

  それがどんなに まばゆいことだったか
  大きくなったからこそ わたしにわかる

  だいじがることさへ 要らなかった
  子供であるのは ぜいたくな 哀しさなのに
  そのなかにゐて 知らなかった 
  雪をにぎって とけないものと思ひこんでゐた
  いちどのかなしさを
  いま こんなにも だいじにおもふとき
  わたしは〝えうねん〟を はじめて生きる

  もういちど 電車の窓わくにしがみついて
  青いけしきのみづみづしさに 胸いっぱいになって
  わたしは ほんたうの
  少しかなしい 子供になれた――
                (『吉原幸子詩集』思潮社)

  はじめの一節は、滝田ゆうの『寺島町奇譚』のためにあるような詩句ではないか。拙著のエピグラフとして巻頭にかかげてもよかった。滝田ゆうにとっては、『寺島町奇譚』を描く営為を通して、いうなれば〝本当の喪失〟を獲得したのである。そしてそれこそが「ぜいたくな 哀しみ」と呼ばれるべきものだった。それを見出すのに、長い歳月を必要としたのだ、と思う。
  滝田ゆうが、幼少年期の魂をずっと持続していたからこそ、またそれを〈ふにゃふにゃ〉〈トロトロ〉の、アンチ・ヒーローのキヨシ像として造形しえたからこそ、「ぜいたくな 哀しさ」が、漫画絵を通して見えてくるのである。
  戦時中、敗戦間際の時代であるにもかかわらず、滝田ゆうにとっては、あの寺島町(玉の井を含む)での幼少年時代は、遊びに現をぬかした〝黄金時代〟以外の何物でもなかったのである。
  滝田ゆうが、いつまでも〝少年大人〟の風貌をたたえていたのも、そこに〝魂の根っこ〟があったからに違いない。

  「ぜいたくな 哀しさ」
  「いちどのかなしさを
   いま こんなにも だいじにおもふとき
   わたしは〝えうねん〟を はじめて生きる」
  ここには、なんだか滝田ゆうと同じような魂をもった者同士の共感現象のようなものを感じずにはおれない。
  吉原幸子が、滝田ゆうと同じ一九三二年(昭和七年)東京生まれでもあるからだろうか?

死ぬまでに聴いておくべき厳選曲全14曲――演奏比較その後――『クラシック、これを聴いてから死ね!』を書いて

大嶋逸男

  次に挙げたのは、原稿の執筆を終わったあとに発売されるなどして私の手元にはなかったCDで、本書では紹介されてない演奏たちです。「えー?! そんな録音もあるの?」「どんな演奏なんだろう? 聴いてみたい!」と目をひくものとそうではないものがありますね。本文とは少し違う切り口でコメントを書いてみましょう。

●モーツァルト『ピアノ・ソナタ第11番イ長調K.331「トルコ行進曲」』
○フリードリッヒ・グルダ(ピアノ)、1999年
   本文にあった演奏とは違って、もっともっともっとたくさんの装飾音を散りばめた演奏のようです。
○フリードリッヒ・グルダ(クラビノーバ)、1999年
   ク、クラビノーバって、あのヤマハの? ……そうです! 大変なことになっているようです!
○ミハイル・プレトニョフ(プリュートナー・ピアノ)、2005年
   プ、プリュートナーって、どこのメーカーなの? ……んー、なんだかハンマーがたたく弦のほかにもう一本ハンマーに触れない弦が張ってあって、それが共振するとかしないとか……。よくわかりません!

●モーツァルト『ピアノ協奏曲第21番ハ長調K.467』
○マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ/指揮)ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、2005年/ライヴ
   ポリーニの弾き語りって珍しいわね! 指揮はうまいの? ……その心配が的中しているらしく、これも大変な騒ぎになっているようです。

●モーツァルト『交響曲第40番ト短調K.550』
○ジェームズ・レヴァイン指揮シカゴ交響楽団、1981年
   また! レヴァインじゃどうせつまらないんでしょ? ……彼は現在、ディズニーランド・レーベルの専属指揮者ですが、その昔はもっとまっとうな時期もあったようです。……それほんとなの?
○マルク・ミンコフスキー指揮レ・ミュジシャン・デュー・ルーブル、2005年/ライヴ
   あまり聞いたことがない演奏家ね? ……古楽の出身でひじょうに活きがいいって評判です! ……じゃそれ、いただくわ! ……え!? 寿司ネタじゃありません!

●モーツァルト『レクイエム(死者のためのミサ曲)ニ短調K.626』
○ダニエル・バレンボイム指揮パリ管弦楽団・合唱団、キャスリーン・バトル(S)、アン・マーレイ(Ms)、ディビッド・レンタル(T)、マッティ・サルミネン(B)、1984年
   またぁ、パリ管時代のバレンボイムじゃつまらないでしょ! ……おそらく、私もそう思います!
○ミシェル・コルボ指揮ローザンヌ声楽&器楽アンサンブル、カトリーヌ・デュボスク(S)、エヴェ・ポドレシュ(A)、ギイ・ド・メイ(T)、ミシェル・ブロダール(B)、1990年/ライヴ
   コルボの録音はいくつもあるのね! ……ええ、入れ込んでますので! こないだなんか日本でフォーレとモーツァルトの二つの『レクイエム』のコンサートをやりましたよ!

●ベートーヴェン『交響曲第5番ハ短調Op.67「運命」』
○クラウス・テンシュテット指揮キール・フィルハーモニー管弦楽団、1980年/ライヴ
   テンシュテットってなぜあんなに神格化されるの? ……たぶん、旧東ドイツで当局から干され西側に亡命するとガンを患っていることが判明し、闘病生活からカムバックしてまた指揮台に立つなどという波瀾万丈の人生を送ったからでしょう!
○クリスティアン・ティーレマン指揮フィルハーモニア管弦楽団、1996年
   例のハンサムな指揮者ですごい人気のある人でしょ? 私もあこがれちゃう! ……あのぅ、指揮者ですので一応音楽を聴いてみてください!
○岩城宏之指揮オーケストラ・アンサンブル金沢、2002年/ライヴ
   岩城さん今年2006年に亡くなられたけど、どんな演奏家だったの? ……はい、指揮をするより『棒ふり旅ガラス』などという演奏旅行での日記やエッセイなど音楽以外のことを書くほうが楽しかったようです!