第41回 『宝塚イズム46』宙組トップコンビに贈る特集と「すみれコード」

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 宝塚愛にあふれる『宝塚イズム46』(薮下哲司/橘涼香編著)が発売されました。今号は2023年6月に退団する宙組トップコンビの真風涼帆、潤花にスポットを当てて特集を組んでいます。真風は06年初舞台の92期生。今年で在団18年目、トップ就任5年を超え男役として円熟期を迎えたスターです。20年からのコロナ禍で公演スケジュールが大幅にずれこんだ影響で、在任期間が延びた間にすっかり貫禄もつき、いまや宝塚を代表するトップ・オブ・トップスとしての存在感も漂わせてきました。
『宝塚イズム46』ではそんな真風のデビュー当時から星組の新人時代、宙組での二番手時代から宙組トップの現在までの魅力の変遷を様々な角度からフォーカス。加えて相手役の潤花との奇跡の巡り合いによるコンビの相性論までもれなく網羅しています。
 真風は、入団当初から、スラリとした長身と当時人気だった雪組のトップスター水夏希に似たすっきりとした容姿で一躍注目を浴び、星組に編入されてすぐ新人公演の主演に起用されるなど、正統派貴公子タイプの男役として早くから劇団の期待を一身に担い、その後も順当に推移して宙組のトップスターに就任しました。いかにも宝塚の男役らしいスターなのですが、トップになってからの作品群に真風ならではのこれといった代表作がなく残念に思っていた矢先、サヨナラ公演の演目がイアン・フレミング原作による007シリーズ第1作『カジノ・ロワイヤル』(脚本・演出:小池修一郎)の舞台化に決まり、真風がどんなイギリス諜報員ジェームズ・ボンドに変身してくれるのか期待に胸が弾みます。
 そんな真風に新年早々とんだ逆風が吹き荒れました。昨年2022年の暮れ、ポスト小池修一郎の一番手的存在だった若手演出家・原田諒氏に、宝塚歌劇団から阪急電鉄への突然の異動辞令が出たことがきっかけで、某週刊誌がその理由を原田氏のパワハラが原因だったと報道し、結果的に原田氏が退職、決まっていた外部の仕事からも名前が消えるという騒ぎに発展しました。劇団はその事実を調査しながら内部で処理したのが裏目に出てしまいました。同週刊誌はその第2弾として1月に入って真風の娘役に対するいじめ疑惑を報道、ファンの間でまたまた大きな波紋を呼んだのです。
 記事は1月10日、真風が東京国際フォーラムホールCでリサイタル『MAKAZE IZM』(構成・演出:石田昌也)の初日を開けたばかりのタイミングで掲載されたことから、記事が出た翌日に真風が舞台上からファンに向けて「お騒がせしてすみません」と謝罪する異例の事態となりました。笑顔で記事の内容を否定、その誠実な対応ぶりに真風への同情が集まり、逆に好感度がアップ、いつにない劇団の対応の素早さに驚かされましたが、逆風を見事にかわしたのは喝采ものでした。
 宝塚は創設以来「清く正しく美しく」をモットーに、観客にひとときの間、美しい夢を提供することを第一に、内部をベールで覆い「すみれコード」といわれる自己規制でマイナスイメージになるものから守ってきました。ただ、コンプライアンスが重要視される昨今、これが内側から崩れてきていることが、先の2件で明らかになってきました。イメージを守ることの大事さはよくわかるものの、宝塚ももう少し開かれた感覚で物事を推し進める時代にきているのではないか、今回の事件の教訓としてそんなことを思った次第。このままではまた同じことが繰り返されるのではないかと杞憂するのです。
 さて『宝塚イズム46』ですが、真風×潤のサヨナラ特集のほか、2022年12月末で退団した元雪組の娘役トップ朝月希和への惜別と彼女を受け継いで2月の御園座公演からトップ娘役に就任する夢白あやへの期待も小特集でつづり、加えて各組の公演評、新人公演評、OG公演評なども充実。OGインタビューは元月組トップスター霧矢大夢と元雪組娘役トップ咲妃みゆという珍しい組み合わせによる対談形式のインタビューです。イギリス・ロイヤルシアターの日本初演ミュージカル『マチルダ』にかける2人の意気込みが、タカラジェンヌ同士の楽しい語らいのなかで浮かび上がります。ぜひご一読ください。

 

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第40回 宝塚的『HiGH&LOW』と上演の意味

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 新型コロナウイルス第7波のあおりで、宝塚大劇場の月組公演『グレート・ギャツビー』(脚本・演出:小池修一郎)が公演のほぼ4分の3が休演、東京宝塚劇場の花組公演『巡礼の年――リスト・フェレンツ、魂の彷徨』(作・演出:生田大和)もほぼ全公演が休演という形になってしまいました。社会全体はウィズコロナが定着し、徐々に元の生活に戻りつつありますが、収束したとはとても言いがたく、まだまだ油断できない状況です。
 そんななかでも宝塚歌劇は攻めの姿勢を崩さず、LDH JAPANと提携、近未来の荒廃した街を舞台に男たちの抗争を描いたバトルアクションシリーズ『HiGH&LOW』を、真風涼帆を中心とした宙組によって上演、「THE PREQUEL(前日譚)」(脚本・演出:野口幸作)として8月27日、宝塚大劇場で初日の幕を開けました。
 男たちがただただけんかを繰り返すだけのアクションシリーズが品格を重んじる宝塚歌劇の舞台に合うのか、これをどう宝塚的に落とし込むのか、今年でいちばん興味津々の舞台でしたが、けんかを歌とダンスに変えてテンポよく展開、知られざるコブラの純愛ストーリーを絡ませて、男役のかっこよさを際立たせ、野口演出の巧みさで、宝塚的『HiGH&LOW』の世界を現出させました。
 原作は、2015年に日本テレビ系の連続ドラマとして初放送されるや人気沸騰、20年までにシリーズ5作が放送され、16年からは映画シリーズも公開。音楽、コミック、ゲーム、SNS、テーマパークなどあらゆるメディアを巻き込んだ人気シリーズになっていますが、男たちがただただけんかを繰り返すだけのストーリーはドラマというよりゲーム感覚で到底大人の鑑賞には適さず、従来の宝塚の観客層の嗜好ともかけ離れていて、企画が発表された段階ではいったいどうするのだろうというのが正直な感想でした。
 宝塚版は、『HiGH&LOW』の数ある作品群にある謎の空白に着目し、その前日譚(THE PREQUEL)を新たに構想。抗争に明け暮れる男たちの影に咲いた純愛をテーマにもってくるという裏技を駆使、宝塚的『HiGH&LOW』に落とし込みました。
 ストーリーはざっとこんな感じです。近未来のとある大都会。かつてこの一帯を支配していたムゲンという伝説のチームが、ある事件をきっかけに突如解散。無数のチームが群雄割拠していた数カ月後、ROCKY(芹香斗亜)率いる「White Rascals」が開いた仮面舞踏会で「山王連合会」のリーダー、コブラ(真風)は幼なじみのカナ(潤花)と再会。久々の再会に胸をときめかせたコブラでしたが、カナには誰にも言えない秘密があり……。真風コブラを中心とする「山王連合会」、芹香扮するROCKY率いる「White Rascals」、桜木みなと扮するスモーキー率いる「RUDE BOYS」、鷹翔千空扮する村山良樹率いる「鬼邪(おや)高校」、そして瑠風輝扮する日向紀久率いる「達磨一家」に対して、それらを一気にぶっ潰そうとリン(留依蒔世)を頭とする苦邪組(クジャク)が暗躍、5つのチームVS苦邪組という対決の構図。「SWORD」結成前夜、守るべき女性、守るべき街との間で葛藤する男たちの物語です。
 宙組の男役が5つのチームに分かれてかっこよく登場するプロローグは、チームごとに大きな拍手が湧き、なんだか昭和の宝塚大劇場にいるような錯覚に陥ったほど。芹香チームが白づくめでかっこいいことこのうえなく、ほかのチームの衣装が薄汚く見えたのが難点ですが、それぞれ個性的な役割を担い、チームごとにスピンオフで新たなストーリーが作れそうな勢い。
 ノーブルな雰囲気が似合う真風ですが、ヤクザっぽい乱暴なセリフも堂に入り、けんか集団のリーダー、コブラにふさわしい貫禄。一方、幼なじみのカナに振り回される純情ぶりもほほえましく、コブラの知られざる一面を巧みに表現していました。ヒロインの潤も秘密を抱えながらも天真爛漫な明るさを最後まで押し通したカナをキュートに好演して魅力的。男役中心の殺伐とした舞台の清涼剤的役割を果たし、ハイローファンの男性客に人気の火が付きそうです。
 ROCKYの芹香は金髪、サングラス、純白のタキシード。これで目立たないわけはなく、真風コブラと男同士の友情でタッグを組む場面などまさに男役の美学のお手本そのもの。スモーキーの桜木も歌の表現力は5つのチームのなかでもピカ一、こういうところで実力を発揮できるのがさすがでした。
 とはいえ原作を巧みに宝塚的世界に落とし込んではいるものの宝塚としては異色の舞台には違いなく、5つのチームが掲げる崇高なテーマもなんだかこじつけのようで現実感がなく、崩れた男役の魅力だけが際立った感じの舞台。観ている間だけはそれなりに楽しめてもあとに何も残らないといった性質の舞台で、これは現在のどのエンターテインメントにも通じる浅さなのかとも思った次第。
 何が起こるかわからない現代、こんな刹那的な楽しみばかりがこれからも増えていくのでしょうか。ちょっと怖い気もします。宝塚歌劇は今後もさまざまな意欲的な新作が用意されていて、来年3月にはなんとイアン・フレミング原作、「007」シリーズの第1作『カジノ・ロワイヤル』の上演が発表されました。泣く子も黙る?殺しの番号007で知られるジェームズ・ボンドに真風涼帆が挑戦するのだそうです。初代ボンド役のショーン・コネリーから60年ですから、スパイものとしてももうクラシックではありますが、ひと昔前なら考えられなかった題材ではあります。コブラからジェームズ・ボンド、何も考えないこの振り幅の広さこそが宝塚なのかもしれません。宝塚こそ恐るべしかも。
 そんな宝塚ですが『宝塚イズム46』(2023年1月刊行予定)の準備がそろそろ始まります。宝塚でこんなものが見たい、そんな特集を組むのも面白いかもしれません。

 

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第39回 『宝塚イズム45』同期特集とポスト上田久美子への期待

薮下哲司(映画・演劇評論家)

『宝塚イズム45――特集 柚香・月城・彩風・礼・真風、同期の固い絆』が完成、順次、全国大型書店の店頭に並びます。今号は宝塚歌劇ならではの“同期生の絆”にテーマを絞り、同期生同士のオフでの結束や舞台で繰り広げる独特の呼吸が生み出す親密さについて、橘涼香さんのタカラジェンヌOGへのアンケートも含めて論じていきます。学校組織の宝塚歌劇だからこそ生まれたテーマではないでしょうか。
 宝塚歌劇はご存じのとおり、宝塚音楽学校に入学後、2年間の研修期間を修了した者だけが入団できる劇団です。宙組が誕生した1998年以降、50人が入学したこともありましたが現在は40人が通例で、たいてい1人か2人が健康上の理由などによって途中でリタイア、ここ数年、2年後の入団時は38、9人といった感じで推移しています。ちなみに今年の初舞台生108期生は38人でした。
 毎年、全国から1,000人近い応募があり、倍率20倍以上の難関ですので、入学したからには卒業までは初志貫徹してほしいとは思うのですが、そのあたりは部外者にはうかがい知れないことがあるようです。音楽学校のカリキュラムを見ると、歌唱(ポピュラー、クラシック)、日舞、ダンス、演劇など実技演習が1週間ぎっしり詰まっていてさすが舞台人育成のための学校の名に恥じません。表現することを学ぶという意味ではこれほど贅沢な学校はなく、舞台人としての基礎を学ぶには申し分のない学校です。
 音楽学校は、中学卒業から高校卒業まで受験できるので、同期生といっても年齢は中卒で15歳、高卒で18歳ですから、年の離れた姉妹くらいの差があり、技量もまちまちなので授業はA、Bの2班に分けておこなわれることが多いようです。
 舞台人としての迅速な判断を養うため、上下関係にことのほか厳しく、学校内での礼儀作法もうるさかったのですが、近年、社会全体のハラスメント抑止の風潮によって、音楽学校の教育方針も以前とはずいぶん変わってきたようです。音楽学校名物だった予科生(1年生)による早朝の校内清掃も3年前から廃止されたと聞いています。
 とはいえ青春真っ只中、2年間の寮生活で培った競争心と友情は生涯続き、同期生から生まれたスターは同期の誇りになって、同期全員のシンボルのような存在になります。特集ではそんな同期愛について、さまざまな論考が集まりました。読んでいると期によって微妙に特徴が異なるのもわかります。これも宝塚歌劇ならではの楽しみ方でしょう。みなさんもぜひ好きな期を見つけて同期生同士の活躍ぶりを楽しんでみてはいかがでしょうか。
『宝塚イズム45』ではほかにもさまざまな特集記事を組んでいますが、6月13日、すべての原稿の締め切り後、雪組の娘役トップスター朝月希和の退団が発表されました。今号では残念ながらこれにはふれることができませんでした。退団公演の『蒼穹の昴』は12月25日が東京公演千秋楽ですから、彼女のこれまでの功績については次号で取り上げたいと思います。朝月は、花組⇒雪組⇒花組⇒雪組と何度も組替えを経験して娘役トップに上り詰めた苦労人。芝居心がある娘役でしたが歌のうまさも格別でした。トップとしての在任期間は比較的短い印象ですが彩風咲奈とのコンビはお互いが信頼しあっている様子がよく伝わって、安定感がありました。退団までまだ2公演残されていますので、しっかりと目に焼き付けておきたいと思います。
 一方、3月末で退団が明らかになった演出家・上田久美子の退団後の初仕事となったスペクタクルリーディング『バイオーム』が6月8日から12日まで東京建物 Brillia HALLで上演されました。上田が書き下ろした脚本を一色隆司が演出。中村勘九郎、麻実れい、花總まり、成河、古川雄大らの実力派俳優による朗読劇で、出演者は植物と人間の2役。植物の目から見た人間社会の理不尽さが面白おかしく描かれた異色の舞台でした。宝塚歌劇での新作を期待していた者にとっては複雑な心境ですが、今後の作家としての上田の再出発を祝福したいと思います。初日の客席は、宝塚ファンというより上田久美子ファンで埋まっていた印象。宝塚はつくづく惜しい人材を手放したといまさらながら悔やまれます。
『宝塚イズム45』はそんなポスト上田久美子の登場を期待して、有望な若手作家たちにもスポットを当てました。『元禄バロックロック』(花組、2021―22年)の谷貴矢をはじめ“宝塚ヌーヴェル・ヴァーグ”と呼ばれる若手作家たちが、100年の伝統を守りながら新たな世界をどう作り上げていくか、今後の宝塚歌劇の担い手になるであろう、デビュー後間もない若手作家陣にエールを送ります。
 ゴールデンウィーク前後に東西で休演が相次ぎ、コロナ禍はまだまだ油断大敵ですが、宝塚歌劇は2024年の『ベルばら』50周年、2025年の大阪・関西万博と大きな節目に向かって邁進していくパワフルさを失っていません。『宝塚イズム』も『46』に向けて準備を整えているところです。ますますのご支援とともにご期待ください。

 

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第38回 上田久美子退団の衝撃

薮下哲司(映画・演劇評論家)

『宝塚イズム45』(7月発行)の編集会議のさなか、衝撃のニュースが飛び込みました。
 昨年、宝塚大劇場での初日を観て「宝塚史上に残る名作の誕生」と絶賛、「ミュージカル」誌(ミュージカル出版社)のベストテンでも5位にランクインした月組公演『桜嵐記(おうらんき)』(2021年)の演出家・上田久美子さんが3月末付で宝塚歌劇団を退団したというのです。
『桜嵐記』が好評を得ながら8月15日の東京公演千秋楽以降、上田さんの動向が歌劇団からぷっつりと消え、これだけの人気作家であるにもかかわらず次回作の発表もなく、秋ごろから退団の噂はなんとなく聞こえていました。しかし、雑誌「歌劇」2022年1月号(宝塚クリエイティブアーツ)の年頭のあいさつに簡単なコメントが掲載されたこともあっていったん噂は立ち消えていました。ところが、2022年のスケジュールが次々と発表されるなか、一向に上田さんの名前がなく、4月に入ってSNS上で退団の噂が一気に浮上。歌劇団もマスコミの問い合わせに対して3月末で退団したことを正式に認めたのです。
 退団の裏には複雑な事情があり、関係者の話を総合すると、昨年のかなり早い段階で本人から退団届が出され、歌劇団が慰留に努めたのですが意志は固く、年度末の3月末で受理という形になったと推測されます。
 宝塚に在籍したままでも外部の仕事はできるわけで、何も退団しなくてもと思うのですが、「無になってやり直したい」というのが本人の信念だそう。退団が明らかになったと同時に、外部の仕事が矢継ぎ早に発表され、宝塚での新作を期待していた者としては残念至極ですが、文化庁の海外研修でフランスに1年間の演劇留学をすることも決まっているとかで、日本演劇界の星として今後の活躍を大いに期待したいと思います。
 上田さんの退団を惜しむ原稿は『宝塚イズム45』でも単発で書きますが、ここで少し上田さんのプロフィルを紹介しておきましょう。上田さんは2004年京都大学文学部フランス文学専修卒。2年間の会社員生活を送ったのち、06年に宝塚歌劇団に演出助手として入団。13年に珠城りょう主演の月組バウホール公演『月雲(つきぐも)の皇子(みこ)』で演出家デビューを果たしました。
 2作目の朝夏まなと主演『翼ある人びと――ブラームスとクララ・シューマン』(宙組、2014年)で早くも鶴屋南北戯曲賞にノミネートされ、翌2015年、早霧せいな、咲妃みゆ主演の雪組公演『星逢一夜(ほしあいひとよ)』で大劇場デビューを果たしました。その後明日海りお主演の花組公演『金色(こんじき)の砂漠』(2016年)から最後の作品となった月組公演『桜嵐記』まで再演を含めて全10作品を担当、そのうち4作品がトップスターのサヨナラ公演という、若手作家としては異例のエース的活躍でした。
 その作品世界は、人の絆のもろさ、はかなさといった、人が生きるうえでの痛みを巧みなストーリーテリングに取り入れ、観る者の心にぐさりと直撃。退団することが宿命づけられている宝塚のスターたちの一瞬の輝きとリンクさせて、これまでの宝塚になかった重層的な物語を生み出しました。
『月雲の皇子』を舞台稽古で初めて見たときの衝撃はいまも忘れません。『日本書紀』と『古事記』で衣通姫についての記述にいくつかの矛盾があり、そこから物語を自由に紡いでいこうという冒頭のナレーションから上田さんが書いた物語世界にぐいぐいと引き込まれ、兄弟が同じ姫を愛するという宝塚の王道ストーリーと大和朝廷以前の古代ロマンのミステリーに魅了されたのでした。
 それまで優等生的な男役としてしか映っていなかった珠城が生き生きと舞台に息づいていたのにも目を見張りました。バウホール公演だけだったこの公演をぜひ東京公演でもと劇団に進言し、理事長が動いて、たまたま空いていた天王洲銀河劇場での公演が急遽決まったのでした。その後、朝夏まなと主演の宙組公演『翼ある人びと』もすばらしい出来栄えで、『宝塚イズム』で急遽小特集を組んだ覚えがあります。
 いま思えば最後の公演となった『桜嵐記』を書くときにはすでに退団の意志を固めていたのか、楠木正行の台詞の一つひとつに思いの丈の発露が見られるような気がしてなりません。観ているときは珠城の退団に合わせた台詞かと思っていたのですが、まさか自分のこととは。それにしてもこの『桜嵐記』はどこにも無駄がない見事な作品でした。戦前、軍国主義のプロパガンダに使われたことで戦後は舞台化を敬遠された主人公を逆手に取ったところもあっぱれ至極。上田さんが退団したことで、上田さんの作品の再演の道が閉ざされてしまうのではないかと、それが心配です。
 さて『宝塚イズム45』は目下、締め切りを前に執筆陣に原稿をお願いしているところです。ロシアのプーチン大統領によるウクライナ侵攻が激しさを増すなか、新型コロナウイルス禍も丸2年を過ぎても収束のめどがつかず、先行きの暗いご時世です。『桜嵐記』の楠木正行の台詞ではありませんが、「大きな流れに命を捧げ」これからも進んでいきたいと思います。『宝塚イズム』への応援もよろしくお願いいたします。

 

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第37回 コロナ禍からの脱却はいつ?

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 宝塚歌劇の最新の状況と未来を展望する『宝塚イズム44』が1月17日に発売されるとほぼ同時に、オミクロン株が猛威を振るい始め、宝塚歌劇は東京の各劇場で初日の延期、公演中止が相次ぎまたまた大変な事態に陥っています。
 ことの起こりは1月10日開幕のはずだった東京国際フォーラムでの雪組公演『ODYSSEY――The Age of Discovery』(作・演出:野口幸作)が初日直前になって公演中止。当初は初日の延期と発表されたのですが、その後全公演中止が決定。東京宝塚劇場の花組公演『元禄バロックロック』(作・演出:谷貴矢)、『The Fascination!』(作・演出:中村一徳)も8日から29日まで公演中止になりました。
 本拠地の宝塚大劇場は当初は感染者が出ず、通常公演が続いていましたが1月下旬から雲行きが怪しくなり、2月1日からの宝塚バウホールの星組公演『ザ・ジェントル・ライアー――英国的、紳士と淑女のゲーム』(脚本・演出:田渕大輔)が全公演中止、名古屋御園座の星組公演『王家に捧ぐ歌』(脚本・演出:木村信司)が初日の延期、宝塚大劇場の宙組公演『NEVER SAY GOODBYE』(作・演出:小池修一郎)も初日が延期されるなど、中止、延期が続いています。宝塚音楽学校にも感染が広がり恒例の本科生による文化祭の開催が危ぶまれている状態です。
 感染防止には万全の態勢を取って慎重に公演を続けてきたにもかかわらず、感染力の強さにはかなわなかったということでしょうか。いずれにしても、なんとかこの事態を早く収拾して通常の公演形態に戻ってもらいたいものです。
 さて『宝塚イズム44』の特集テーマは「2022年各組新体制への期待」でした。花、月、雪、星、宙の5組とも何らかの形でスターの陣容が変化し、新たな布陣で臨む2022年を占うというのが骨子でした。
 しかし、原稿締め切り時点と発売時のタイムラグはいかんともしがたく、1月11日に月組の三番手スター、暁千星が星組に組替えになることが発表され、月組と星組の今後が大きく変化してしまうことになりました。
 月組は月城かなと・海乃美月の新トップコンビに二番手が鳳月杏という形が決まっていますが、三番手だった暁が抜けることによって風間柚乃がその位置に取って代わることになるのはほぼ明確となりました。一方、星組は二番手だった愛月ひかる退団後、礼真琴・舞空瞳のトップコンビに続く二番手スターが不在のまま年を越し、順当ならば瀬央ゆりあの二番手昇格かと思われていた矢先の暁の組替えということになりました。
 暁と瀬央は、入団年でいうと暁が98期生、瀬央は95期ですから暁のほうが下級生です。しかし、暁は月組最後の公演として梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ公演『ブエノスアイレスの風』(作・演出:正塚晴彦)が決まっていて、瀬央が主演するはずだったバウホール公演とはランクが違うのです。当分はダブル二番手のような感じで推移するのではないかと思われますが、暁を二番手にという劇団の思惑がうかがえる人事です。
 暁の組替えは『ブエノスアイレスの風』公演後の5月27日付。その時期、星組は宝塚大劇場公演中。次の東京公演には間に合わないという非常に中途半端な時期になり、暁が星組に合流できるのは、2023年最初の大劇場公演の前の外箱公演からということになりそうです。いずれにしても、4月から始まる星組公演『めぐり会いは再び next generation――真夜中の依頼人』(作・演出:小柳奈穂子)、『Gran Cantante!!』(作・演出:藤井大介)で瀬央が二番手として羽を背負うかどうか気になるところです。
 一方、2月に入って雪組の将来を担う位置にいた綾凰華が6月で退団というニュースが飛び込んできました。雪組は彩風咲奈・朝月希和が新トップコンビに就任したばかりで二番手は朝美絢ですが、三番手が流動的。ここへきて宙組から和希そらが組替えしたことにより、和希が三番手的な立場になりそうです。綾が劇団に退団の意思を伝えたことによって和希の組替えが実現したという見方もありますが、星組から組替えで雪組に配属、期待のスターだっただけに、ここへきての退団は残念というほかありません。
 ただ、退団後のスターの受け皿として設立されたタカラヅカ・ライブ・ネクストの活動がここへきて活発になり始め、元花組の瀬戸かずやの退団後初ディナーショーに続いてコンサートも主催、自主開催では到底望めない豪華なゲスト陣でバックアップするなど、梅田芸術劇場とともに系列ならではのパワーをいかんなく発揮しています。
 OGの活躍といえば元花組の明日海りおと元雪組の望海風斗、人気・実力とも近年抜きんでたトップスター2人が女性役で競演する『ガイズ&ドールズ』が6、7月に東宝の手によって上演されることが発表されています。2人の競演はファンにとっては朗報ではあり、それはそれで楽しみな公演ではあるのですが、同時にこれがなぜ男役だった宝塚時代になかったのかという思いが募りました。退団後に2人が女性役で共演しても、男役時代のファンにとっては何の意味もないのではないでしょうか。最近は『ベルサイユのばら』の役替わり公演くらいしか組を超えての共演がなくなりましたが、かつては合同公演のようなもっとフレキシブルな公演形態があり、組を超えた豪華顔合わせが話題を呼んでいました。退団後に夢の顔合わせが実現する前に在団中にそんなファンサービスがあってもいいのでは――。『ガイズ&ドールズ』公演の発表を聞いて、そんな思いに駆られたのでした。
 取り留めもなく書いているうちに、そろそろ紙数も尽きたようです。『宝塚イズム45』は7月1日の発行の予定ですが、それまでには現在の状況がドラスティックに変化していることを祈ってやみません。

 

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第36回 花組100周年記念レビューからよみがえったニューヨーク公演の思い出

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 2021年も終盤にさしかかり、コロナ禍もようやく落ち着きをみせてきた昨今、宝塚歌劇も「ウィズコロナ」を徹底してほぼ通常の公演体制に戻りました。そんななか『宝塚イズム43』で小特集を組んだ花組100周年を記念したレビュー『The Fascination!』(作・演出:中村一徳)が、今年最後の公演として宝塚大劇場で上演されました。東京宝塚劇場では22年の年始の上演になります。
 花組といえば、1927年に日本最初のレビューとして有名な『モン・パリ――吾が巴里よ!』(作・演出:岸田辰彌)を初演、89年のニューヨーク公演でトップを務めた大浦みずきを輩出した組でもあり“ダンスの花組”というイメージが定着しています。『The Fascination!』もダンスには定評がある現トップスター・柚香光を中心にしたダンシングショーで、花組カラーのオールピンクで統一したプロローグから花をテーマに花組の歴史をつづった華やかなレビュー。数々の花組レビューにオマージュを捧げた名場面の連続で、軍服姿の士官が美少女に愛を歌う「ミモザの花」の場面や「すみれの花咲く頃」をフィーチャーした中詰めの場面など、「This is TAKARAZUKA」そのものでした。
 そのなかでもいちばんの注目は、1989年のニューヨーク公演の伝説のシーン「ピアノ・ファンタジー」(オリジナル振付:ロジャー・ミナミ)の再現でした。大浦が踊ったダンスを柚香がしなやかに再現、花組の伝統をいまに継承したのです。演出の中村は、ニューヨーク公演の前年、88年に試作公演として宝塚大劇場で上演された花組公演『フォーエバー!タカラヅカ』(作・演出:小原弘稔)の演出助手を務めていて、100周年のレビューを担当すると決まったときに、すぐこのシーンを再現しようと思ったそうです。
「ピアノ・ファンタジー」は都会的で洗練されたハイクオリティーなダンスシーンです。お手本はアメリカ映画にもあって当時はそこまですごいとは思わなかったのですが、いまあらためて観ると、ダンス力の向上もあって十分新鮮に映りました。演者がこの振り付けにようやく追いついたということなのかもしれません。
『フォーエバー!タカラヅカ』の演出家・小原は芝居とショーと両方で活躍した才人で、芝居の演出家の突然の退団で一公演の芝居とショーを一人で担当したことがある器用な人でした。芝居の代表作は、三木章雄に受け継がれいまも再演が絶えない『ME&MY GIRL』(1987年初演)があり、ショーはニューヨーク公演をはじめ『ザ・レビューII――TAKARAZUKA FOREVER』(月組、1984年)など、MGMのミュージカル映画のレビューシーンをそっくりそのまま再現した絢爛豪華なアメリカンレビューを得意としました。『ME&MY GIRL』では入団1年目の天海祐希を新人公演の主役に抜擢する大英断を下したのも小原です。ニューヨーク公演でも当時3年目だった天海を最下級生で起用、ラインダンスのセンターに抜擢しています。新宝塚大劇場のこけら落とし公演を担当後、しばらくして60歳の若さで亡くなりました。
「ピアノ・ファンタジー」を観て、ニューヨーク公演の思い出がよみがえりました。ニューヨーク公演で上演されたショー『TAKARAZUKA FOREVER』(試作公演とはタイトルが逆)は、宝塚歌劇団がニューヨークで初めて上演した洋物のショーでした。そこで小原は、手の内のアメリカ人なら誰でも知っているミュージカル映画の音楽やスタンダードジャズを駆使した正統派のアメリカンレビュー『ジーグフェルド・フォーリーズ』をそっくりそのまま再現したかのようなレビューを女性だけで上演するという大胆な挑戦に出たのでした。
 会場は、トニー賞授賞式などで知られる5番街にある6,000人収容のラジオシティ・ミュージックホールで、舞台のタッパもあり、60人の出演者が少なく感じるほどの大ホールでした。1989年10月25日から公演は5日間だったと記憶しています。世界中のエンターテインメントが所狭しと上演されているニューヨークで、ラジオシティでの5日間の公演を現地の人に周知徹底するのは至難の業。現地の電通支社がニューヨーク在住の日本人商社マンの家族らに動員をかけたのは有名な話ですが、それでも満員にはならず、ニューヨーク在住の演劇プロデューサー・大平和登の尽力で「ニューヨーク・タイムズ」に批評が出たことでやっとニューヨーカーにも認知されました。しかし5日間の公演では口コミもままならず、評判が立ったときには終わっているという感じではありました。
 当時のブロードウェーは『キャッツ』『オペラ座の怪人』『レ・ミゼラブル』といった質・量ともに最高のロンドンミュージカルが席巻していたときで、いわゆるレビュー感覚のショーの上演は皆無でした。そこへ突然、東洋の女性ばかりの劇団がシルクハットに燕尾服姿で登場したわけですから、なんともアナクロにみえたのではないでしょうか。少なくとも私はそう思っていました。
 初日の模様を取材するために日本からも報道各社が同行、そのなかの一人として私もいましたが、劇場前にサーチライトが輝き、着飾った招待客がリムジンから次々に降り立つ映画などでよく見る初日風景が展開され、日本物の演出を担当した植田紳爾が「晴れがましいですねえ」と興奮ぎみに話していたのをよく覚えています。これはニューヨーカーにとっても久々に見る光景だったみたいで、昔の華々しいブロードウェーが再現されたようです。
 初日の観客の反応は、燕尾服姿の男役スターがステップも軽やかに大階段から降りてくるところで「ウォーッ!」という最初の歓声が起き、レビューの定番曲「プリティガール・ライク・ア・メロディー」が流れると客席全体が一緒に口ずさむなどショーを心底楽しんでいる様子があり、フィナーレの大きな羽を背負った大浦が登場すると、場内総立ちのスタンディングオベーションとなったのでした。終演後、銀髪の白人女性から「これがショーの本来のあり方。日本人のあなたたちが証明してくれた。ありがとう」と握手を求められたことが忘れられません。こんなノスタルジックなレビューをいまどきニューヨークで上演して笑われないだろうかと半信半疑だった私の思いをこの女性は見事に打ち消してくれ、小原の大胆な冒険は報われたとこのとき思いました。ただ一般の観客の興奮ぶりとは裏腹に、宝塚歌劇の本質をよく知らない批評家が書いた評が日本に打電され、国内ではまるで失敗したかのように伝わったのは残念なことでした。
 宝塚歌劇団としてはこの雪辱のため、2000年代初頭から長期間のニューヨーク公演を水面下で準備していたのですが、2001年9月11日にアメリカ同時多発テロ事件が勃発。以降、情勢が悪化し景気の低迷もあって頓挫、OGたちによるミュージカル『CHICAGO』(2016年)の公演という番外公演はありましたが、本体の公演はいまだに実現していません。いつの日か再びニューヨークでタカラジェンヌが活躍する舞台を観たいものだと、今回の「ピアノ・ファンタジー」再現を観て思いをはせたのでした。
 さて、『宝塚イズム44』は現在、すべての原稿が集まり、鋭意編集作業に入っています。巻頭特集は、各組が新体制に生まれ変わり2022年はどんな展開になるか、膨らむ期待の分析です。12月末で退団する星組の人気スター・愛月ひかるのサヨナラを惜しむ特集や真彩希帆ロングインタビューなど、今号も読みごたえ十分です。新年早々にはお手元にお届けできると思います。楽しみにお待ちください。

 

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第35回 第6の組「夢組」始動

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 人気絶頂のトップスターも数年で退団という宿命を抱える宝塚歌劇団。以前は、退団=結婚という未来図が普通で、トップスターの退団理由も「結婚準備」なるいまや死語のような理由がまかり通っていました。
 21世紀も20年も過ぎた現在、トップスターの退団は「後進に道を譲る」というのが本当のところで、退団後は宝塚で培った舞台人としての経験を生かして、芸能活動に進むか、ダンスや声楽などの教師など様々な職業に転職するなど、結婚して家庭に入るというケースは逆にまれになってきました。
 ただ、宝塚を卒業したからといってトップスターや一芸に秀でた実力派以外は、ミュージカル全盛の現代とはいえ、そうそう仕事が舞い込むわけではありません。ただ何人かが一緒になると元タカラジェンヌの威光は捨てたものではなく、集客もばかになりません。そこで、あちこちでOGを中心にした公演のようなものが活況を呈しています。
 宝塚歌劇団としては、退団後のスターたちの芸能活動については一切干渉することなくオープンですが、昨今、元タカラジェンヌを売りにした公演が増加、悪質な芸能事務所によるトラブルなども表面化し、しばしば問題になってきました。そこで、宝塚歌劇団の親会社・阪急阪神ホールディングスは、歌劇団を卒業して芸能活動を続けようという意思があるOGのために、彼女たちが安心して第二の人生を歩めるようにサポートしようという新たなプロダクション「タカラヅカ・ライブ・ネクスト」を昨年4月に立ち上げたのです。
 人気絶頂で卒業したトップスターたちは系列の梅田芸術劇場が預かり、退団後の最初の仕事はここからスタートするのが、このところの定石になってきています。しかしこれは、あくまで人気があるトップスターに限られていました。タカラヅカ・ライブ・ネクストは、実力があっても在団時には十分に活躍できなかった人たちに第二のチャンスの可能性を広げてあげようという狙いも含めて設立されました。2025年に大阪で開催される万国博覧会に向けて、OGメンバーによる何らかのイベントをいつでもできる体制を整えておきたいという親会社の意向も見え隠れします。
 現在、元星組の音花ゆり、元宙組の純矢ちとせ、同じく元宙組の澄輝さやとら7人が在籍していますが、この9月、東京・日本青年館と宝塚バウホールで退団したばかりの元雪組の人気スター・彩凪翔を迎えて旗揚げ公演『アプローズ――夢十夜』(作・演出:三木章雄)が上演されました。
 彩凪を中心にライブ・ネクストメンバーからは音花、元月組の貴千碧、元雪組の透水さらさ、元宙組の風馬翔、元雪組の星乃あんりの5人が出演。元雪組の笙乃茅桜、元宙組の星吹彩翔がゲスト出演。東京公演は元月組のトップスター・彩輝なお、宝塚公演には元雪組の水夏希が特別ゲストとしてお祝いに駆け付け、各9人というこぢんまりとしたコンサートでした。
『セロ弾きのゴーシュ』をベースに、スターとして再出発を夢見る青年が古びたオペラ座でそこにすみついた舞台の精霊たちに新たな出発を後押しされるという、退団間もない彩凪の今後に重ね合わせた内容で、音花と透水は歌、貴千と笙乃はダンス、風馬・星乃は芝居とダンス、星吹は芝居と歌とそれぞれの特徴を生かした活躍ぶりで、メンバーのショーケース的な公演にもなっていました。
 彩凪の退団後初の本格的ステージということと、彩輝や水といったトップスターの出演もあって公演は完売の人気。宝塚の公演はライブ配信もおこなわれるなどOG公演としては破格の扱いで、さすが親会社肝いりの旗揚げ公演だけありました。
 今後はコンサートだけでなく、ストレートプレイや朗読劇、リサイタルといった公演も視野に入れるといい、宝塚で培った様々な表現のスキルを存分に発揮、在団中にはできなかった形で披露する機会もでき、無限の可能性が考えられます。
 いわゆる第6の組「夢組」構想ともいうべき展開で、トップスターを頂点に二番手、三番手という形態の組ではなく、宝塚を卒業したタカラジェンヌにもっと自由に活躍できるフィールドを提供しようというまったく新たな組になりそうです。
 卒業後も自分たちでハンドリングしようという親会社の意向は透けて見えるのですが、これまでは卒業したら他人みたいな、OGたちへの支援という意味では一歩前進したといえるのではないでしょうか。
『宝塚イズム44』(2022年1月刊行予定)では、第6の組・夢組(タカラヅカ・ライブ・ネクスト)の話題にもふれながら、コロナ禍のなかをなんとか順調に公演を重ねる宝塚歌劇の新しい年に向けた動きを探っていきます。楽しみにお待ちください。

 

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第34回 ご挨拶と『宝塚イズム43』「宇月颯&如月蓮&貴澄隼人、スペシャル鼎談!」こぼれ話

橘 涼香(演劇ライター・演劇評論家)

 梅雨が明けた途端に一気に酷暑に突入しました。暑くなれば少しは収束傾向になるのでは?と期待していた新型コロナウイルスの感染拡大に残念ながら歯止めがかからず、東京は4度目の緊急事態宣言発出中という混乱が続いています。それでも現在、東京での宝塚歌劇公演は、東京宝塚劇場での珠城りょう&美園さくらコンビ退団公演でもある月組公演ロマン・トラジック『桜嵐記』、スーパー・ファンタジー『Dream Chaser』が、夜の部の開演時間を30分前倒しするだけの変更で華やかに上演中。7月21日から池袋の東京芸術劇場プレイハウスで、トップ・オブ・トップとして20年間、宝塚を牽引した専科の大スター・轟悠の、宝塚の男役芝居としては最後の作品となる『婆娑羅の玄孫』が開幕。さらに首都圏のKAAT神奈川芸術劇場では、7月22日から星組男役スターとしてますます精彩を放ち続ける愛月ひかる主演ミュージカル・ロマン『マノン』が開幕など、このコロナ禍にあって、宝塚歌劇が歩みを止めない姿に勇気をもらう毎日です。

 と、まず時候のご挨拶から入らせていただきましたが、この「『宝塚イズム』マンスリーニュース」では「はじめまして」となります、演劇ライター・演劇評論家の橘涼香です。『宝塚イズム』(青弓社)には、単発でのいつくかの寄稿を経て、『宝塚イズム38――特集 明日海・珠城・望海・紅・真風、充実の各組診断!』(2018年)にご登場くださった朝夏まなとさんのOGロングインタビューを契機に、続巻のOGロングインタビューや、『宝塚イズム41――特集 望海風斗&真彩希帆、ハーモニーの軌跡』(2020年)からは「OG公演評──関東篇」も担当するなど、様々な形で参加してきました。そしてこのたび、絶賛発売中の『宝塚イズム43――特集 さよなら轟&珠城&美園&華』をもって鶴岡英理子さんが共同編著者を退くことになったことから、ご縁をいただき、2022年1月刊行予定の『宝塚イズム44』から編著者の大任に就くことになりました。特に年2回刊行になってから、薮下哲司さんと鶴岡さんが目指してこられた健全な批評誌としての『宝塚イズム』の精神を引き継ぎ、『宝塚イズム』の未来に、微力ながら貢献できたらと考えています。中心になってくださっている共同編著者の薮下さんとは、19年年末に東京宝塚劇場前にある日比谷シャンテビル内の書店・日比谷コテージ主催『宝塚イズム40――特集 さよなら明日海りお』刊行記念のトークショーでもごいっしょしましたし、その前から演劇現場でも様々にお世話になっていましたので、胸をお借りして務めてまいります。自分で申し上げるのも、の感がありますが、人一倍の宝塚愛をもっていると自負していますし、これまでも貫いてきた「酷評するなら書かない」のポリシーを胸に、宝塚、スターさん、作家さんほか、関わる方々へのリスペクトを忘れず、何よりも同じ宝塚を愛する同志である読者のみなさまに喜んでいただける誌面作りを目指していきますので、今後とも『宝塚イズム』をどうぞよろしくお願い申し上げます。

 さて、私の所信表明演説(!?)だけでは「『宝塚イズム』マンスリーニュース」になりませんので、ありがたくも大変なご好評で発売中の『宝塚イズム43』で担当した「『エリザベートTAKARAZUKA25周年スペシャル・ガラ・コンサート』、宇月颯&如月蓮&貴澄隼人、スペシャル鼎談!」のこぼれ話をご披露いたします。

 コロナ禍で果敢に開催された『エリザベートTAKARAZUKA25周年スペシャル・ガラ・コンサート』では、私自身も一瞬にして往時がよみがえるという、歴代スターさんたちが集ったすばらしい公演の数々を堪能しましたが、その日替わりで登場するキャストのみなさまを支える全日程出演メンバーの方々が、どんな思いで公演の土台を築いていったのか。さらにガラコンサート全体を司る大任であるルイジ・ルキーニ役を数多く務められた宇月颯さんは、どんな気持ちで公演に臨み、舞台を牽引されたのか。ぜひお話をうかがいたい!と願ったところからスタートした企画は、関係各所のご尽力とご快諾をいただき、宇月さん、その同期生でゾフィーの取り巻きの「チーム重臣」でヒューブナーを演じられた如月蓮さん、宇月さんと同じく月組育ちで退団同期でもあり、如月さんと同じ「チーム重臣」でシュヴァルツェンベルクを演じた貴澄隼人さん、のお三方にお集まりいただくことができました。鼎談当日はあいにくの雨だったのですが、実はたっぷりゆとりをもって予約したつもりの都内某所の予約時間が超過寸前!! 「あと10分です~!」と大騒ぎになったほど、盛りだくさんのお話が飛び出して和気藹々。実は誌面に載せたものの倍以上のお話がありましたというほど、うれしい悲鳴のなかで、お話をうかがうことができました。
 
 宇月颯さんは宝塚歌劇団時代、なんと言っても優れたダンサーとしての評価が高かった方ですが、霧矢大夢さん主演版の『アルジェの男』(月組、2011年)の終盤「泥にまみれた~」ではじまる主題歌の影ソロを務められたときから、実はものすごく歌もうまい方なんだ!といううれしい喜びが常に記憶にあり、歌ってほしいな、もったいないな……と月組の舞台を観てはいつも思っていました。ですから珠城りょうさんのトップ披露公演『カルーセル輪舞曲』(2017年)で群舞のなかから抜け出した宇月さんが「1人では飛べないこの大海原をあなたの翼になって皆で飛んでいこう」という趣旨の、鮮やかなソロ歌唱を披露したときには、もう心でガッツポーズでしたし、取材仲間から「宇月さんってあんなに歌がうまかったの?」という話題がたくさん出たときにも「もともとうまいんですよ~!」とお前が歌っているのか!?(違います!)くらいに、なんの権利もなく鼻高々になってブイブイ言わせていた、ちょっとおかしいよ自分、な記憶がいまも鮮烈です。その後の宇月さんのご活躍は言わずもがなで、ダンス、芝居だけでなく見事な歌を数々聴いていましたから、ルキーニ役のオファーがうれしくありがたかったけれども、歌中心のガラコンサートで自分がルキーニでいいのか相当に悩んだ……というお話には、なんと謙虚な方だろうと思うと同時に、だからこそ歴代経験者に交じって、堂々とルキーニを演じることができたのだなと、深く得心がいったものです。
 
 その宇月さんの同期生で星組ひと筋の如月蓮さんは、宝塚時代からムードメーカーという言葉がピッタリくる明るさを常に感じさせてくれる男役さんでした。とても印象に残っているのが、紅ゆずるさんが初めて全国ツアーで主演を務めた『風と共に去りぬ』(星組、2014年)で、直近の宙組公演では悠未ひろさんと七海ひろきさんが役替わりで演じたのに象徴される、代々綺羅星のごとき男役スターさんが演じてきたルネ役を繊細に、相手役の妃白ゆあさんを大きくつつむ包容力で演じたかと思うと、紅さんトップ披露公演の『THE SCARLET PIMPERNEL』(星組、2017年)では、王太子ルイ・シャルルにつらく当たるマクシミリアン・ロベスピエールの崇拝者で靴屋のシモンを色濃く演じるといった役幅の広さでした。しかもそんなシモンを演じていても、如月さんの舞台には宝塚を逸脱するほどイヤなやつには決して役柄がならない矜持があって、「如月さんがいらっしゃると場が明るくなる」という貴澄隼人さんのお話に納得する思いでした。「エリザベートのハモリパートの難しさを初めて知った!」という、経験した方だからこその感慨や、無観客上演になってしまった際の涙と渾身を傾けた演技といったご自身のお話だけでなく、宇月さんがいかにルキーニ役として、歴代のルキーニ役者さんに献身されたかの、同期ならではの愛あるお話ぶりにも心打たれました。
 
 そして貴澄隼人さんは、宇月さんと同じく月組育ちの男役さん。三銃士を大胆に脚色した『All for One』(月組、2017年)で、珠城りょうさん演じるダルタニアンの父親ベルトラン役で、ガスコン魂を歌った温かい美声をご記憶の方も多いと思います。なかでもなんといっても『ロミオとジュリエット』(月組、2012年)新人公演でジュリエットの父キャピュレット卿を演じたときに披露した「娘よ」のソロが忘れられません。「どうだ、うまいだろう!」になっても「語り」になりすぎても違うと思えるビッグナンバーを、娘への心情を切々と歌う感情と、ビロードのようだなといつも感じる艶やかな歌声を両立させ、特に喉の調子が整っていた東京宝塚劇場での新人公演で披露した歌唱は、私個人としては歴代キャピュレット卿のなかでも非常に優れた名唱に数えられるものだったと信じています。全日程メンバーが例えば一日だけ入る歴代スターさんの空気を感じることにどれほど配慮されたか、毎日の舞台稽古、そしてご自身の役柄シュヴァルツンベルクの極端に低いソロパートに対する秘話などを、お話されるときもきれいなお声で語ってくださいました。貴澄さんのとことん真面目だけれども面白いという宇月さん、如月さんがおっしゃる側面が、これからの俳優活動でも見えてくるといいなと期待しています。
 
 そんなお三方がそろって出演される古典ラブバトル劇『ル・シッド』の初日も7月21日。池袋あうるすぽっとでの上演で、キャスト10人のうち8人が元タカラジェンヌという座組にも期待が高まります。ちなみに『宝塚イズム43』鼎談時には写真撮影の間だけマスクをはずしていただき、感染対策に厳重に注意しての取材でしたが、そのわずかな時間にも笑顔がこぼれでて素敵でした。中村嘉昭さんが撮影してくださった、そんな瞬間の数々を切り取られたお写真(こちらのカラーを見ていただく方法はないものか……といま、青弓社編集部とも相談を重ねています)も含めて、とても貴重なお話の宝庫である『宝塚イズム43』の鼎談全文をぜひお読みいただけたらと願っています。刷り上がった書籍をごらんになった宇月さんが「たまちゃん(珠城)の退団特集にいっしょに載ることができてうれしい」と言ってくださったのも、あー宝塚愛!を感じて胸に染みるひと言でした。そんな宝塚を、これからもOGさんたちを含め様々な形で見つめていきたいと思っています。末永くどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

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第33回 コロナ禍での『宝塚イズム43』刊行!

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 オリンピックが始まろうとしているのに新型コロナウイルスの感染拡大は一向に収まる気配がなく、東京は4度目の緊急事態宣言発出中。前代未聞の混乱状態ですが、宝塚歌劇は公演時間を変更するなど感染拡大に細心の注意を払いながら東西ともなんとか通常どおり上演しています。そんななか、わが『宝塚イズム43』も無事に7月初旬に刊行することができ、おかげさまで全国の大型書店で好評発売中です。
 今号は、トップ・オブ・トップとして20年間、宝塚に君臨した専科のスター・轟悠の突然の退団発表を受けて、すでに退団を発表していた月組トップコンビの珠城りょう、美園さくら、花組の娘役トップ・華優希に加えて、轟の退団をメインに据えた特集を組みました。轟の存在が宝塚歌劇にとっていかに大きいものだったか、どんな影響を与えてきたか、などを執筆メンバーに考察してもらい、単に惜別の特集というだけでなく、轟が存在しない宝塚歌劇が今後どんなふうに展開していくのか、将来の展望も見据えた特集になっています。
 そして、昨年3月、退団を発表していながらコロナ禍の休演で半年遅れとなった月組の珠城と美園、そして7月の『アウグストゥス――尊厳ある者』(作・演出:田渕大輔)東京公演で退団した花組の娘役トップ・華の3人の退団には、通常の惜別特集を組みました。華の大劇場千秋楽は無観客のライブ配信という不運に見舞われましたが、珠城と美園は退団の時期はずれたものの『桜嵐記(おうらんき)』(作・演出:上田久美子)というすばらしい作品で見送ってもらうことができた幸せなカップルでした。
 小特集は、今年は花組と月組が誕生して100周年という節目の年にあたることから、花組と月組にまつわるさまざまな思い出やスターの話題をピックアップしてみました。本来は4月に宝塚大劇場で、歴代のスターたちが勢ぞろいしての祝祭イベントがあるはずだったのですが、コロナ禍で中止になってしまい、せめて誌面で応援しようと企画していたところ、11月に大劇場花組公演と梅田芸術劇場で100周年記念公演が決定、タイムリーな小特集になりました。
 また、今年はミュージカル『エリザベート』の日本初演25周年の記念の年にもあたります。歴代出演者が勢ぞろいした『エリザベートTAKARAZUKA25周年スペシャル・ガラ・コンサート』が開催されました。全日程出演するアンサンブルキャストには在団中には出演がかなわなかったメンバーが選ばれるなど、これまでにないフレッシュなキャストで上演されました。そんなメンバーのなかから宇月颯、如月蓮、貴澄隼人の3人に橘涼香さんが貴重な話を聞いてくださいました。この裏話はまたあらためてここで書いていただくとして、『エリザベート』が宝塚の演目のなかでいかにカリスマになっているか、3人の鼎談を読むとよくわかります。
 OGロングインタビューは、2000年から06年までトップを務め絶大な人気を誇った元宙組の和央ようかに登場してもらいました。現在、滞在中のハワイからのリモート取材で、7月に開催する予定だった宝塚ホテルでの里帰りディナーショーの話を中心に『エリザベート』初演時の苦労話などを聞くことができました。しかし肝心のディナーショーが、新型コロナウイルスの感染拡大が収まらず、緊急事態宣言は解除されたものの、その後に発出された兵庫県独自のまん延防止等重点措置のため7月の開催を断念、10月23、24の両日に延期されてしまいました。ゲストも実咲凛音から綺咲愛里に交代するなど、インタビューの内容とはずいぶん変わってしまいますが、そのあたりはご了承のうえお楽しみください。
 それにしてもこんな状態がいつまで続くのか、もう元通りにはならないという悲観論者の声も聞かれますが、一日も早くマスクをしなくてもいい世界になることを祈りたいものです。

 

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第32回 上田久美子と『桜嵐記』

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 新型コロナウイルス感染拡大第4波襲来で4月25日から緊急事態宣言が発出され、再び宝塚大劇場、東京宝塚劇場が2週間の休館となり、花組・星組公演が中止になりました。娘役トップの華優希と二番手男役スター瀬戸かずやの退団公演だった花組公演ドラマ・ヒストリ『アウグストゥス――尊厳ある者』(演出:田渕大輔)とパッショネイト・ファンタジー『Cool Beast!!』(作・演出:藤井大介)は、5月10日の千秋楽を無観客のライブビューイングとライブ配信で開催するという前代未聞の事態になりました。タカラヅカ・スカイ・ステージはサヨナラショーだけを生中継、瀬戸の「宝塚の生徒がこんな光景を二度と見ることがないように祈ります」という挨拶の言葉が痛切でした。
 5月11日までの緊急事態宣言はさらに延長されましたが、大阪府以外は劇場再開が認められ、15日からの珠城りょう、美園さくらの月組トップコンビのサヨナラ公演、ロマン・トラジック『桜嵐記(おうらんき)』(作・演出:上田久美子)とスーパー・ファンタジー『Dream Chaser』(作・演出:中村暁)は、宝塚大劇場に満員の観客を集めて開幕しました。当初の予定では昨年暮れの公演予定でしたので半年遅れ、出演者、関係者そして見守る観客も含めて薄氷を踏む思いの緊張感あふれる初日でした。
 そんななか上演された『桜嵐記』は、いまや宝塚の物語の紡ぎ手として第一人者になった上田が、南北朝時代、南朝に殉じた武将・楠木正行に題材をとって書き下ろした歴史ロマン。楠木正成と正行親子の話は『太平記』でも知られ、1991年のNHK大河ドラマではそれぞれ武田鉄矢と中村繁之が演じていました。正成が河内の国守を任され、庶民に厚く慕われていたことは舞台にもありますが、地元ではいまだに「楠公さん」と親しみを込めて呼ばれていて、現在、河内長野市など大阪府東部の市町村を中心に「楠公さんを主人公にしたドラマを」と再びNHK大河ドラマ誘致運動が盛んにおこなわれているくらいです。ただ、天皇に忠誠を尽くした武将として戦前の修身の教科書で天皇崇拝の象徴として扱われたことで、再評価に不安を覚える人々がいることも確かです。今回の舞台化は、『太平記』の時代に立ち返り、正成と正行の武将としての純粋な生き方を描いたもので、なかでも四条畷の戦いからラストにかけての怒涛の展開は見事なものでした。
 作・演出の上田久美子は1979年生まれ、奈良県出身。京都大学文学部フランス文学専修卒で、2年間の製薬会社勤務を経て2006年、宝塚歌劇団に演出助手として入団しました。13年、月組バウホール公演『月雲(つきぐも)の皇子(みこ)』で演出家デビュー。『古事記』と『日本書紀』で衣通姫伝説が微妙に異なることから自由に物語を紡いだ古代ロマンでしたが、これがすばらしい出来栄えで関係者を仰天させ、当初予定になかった東京公演が決まったほどでした。『桜嵐記』に主演した珠城のバウ初主演作でもあります。
 2014年、第2作の宙組ドラマシティ公演『翼ある人びと――ブラームスとクララ・シューマン』も第18回鶴屋南北賞に最終ノミネートされるなど注目を浴び、大劇場デビューとなった15年の雪組公演『星逢一夜(ほしあいひとよ)』は第23回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞、その後も花組公演『金色(こんじき)の砂漠』(2016年)、宙組公演『神々の土地』(2017年)と次々に力作を発表しました。
 今年は正月に望海風斗、真彩希帆のサヨナラのために楽聖ベートーヴェンの半生を描いた『fff――フォルティッシッシモ』を発表したばかりで、『桜嵐記』は2作目。作家としてまさに脂の乗り切った絶頂期といっていいでしょう。
 上田作品の特徴は、まずストーリーの中心となる人物の生き方に一本芯が通っていてぶれないことにあります。そんな魅力的な主人公が生きるうえで、時代の壁や周囲の人物の思惑で葛藤が生まれ、思うようにはならない。そこに普遍的な人生の縮図が浮き上がり、観客は感動に打ちのめされるという仕組みです。男役をいかにかっこよくみせるかという宝塚の基本をマスターしたうえで、各組メンバーの個性に合わせた配役の妙、さらにドラマ作りのセンスのよさが相まって、観客の充足感の高さは常に上位を保っています。
『桜嵐記』は、宝塚に数ある日本物の芝居のなかでも有数の出来栄えで、宝塚の歴史に残る作品になると思います。悲劇でありながら未来に希望を託したラストの余韻は、コロナ禍まっただなかにあって心に染み入りました。観終わった後、故・柴田侑宏氏の墓前に「後継者が生まれましたよ」と報告したいと思って『宝塚イズム43』の公演評にもそう書いたのですが、本当は、創始者の小林一三翁に報告するのが筋かもしれません。私がすることではないと思いながら、ふとそんなことまで考えてしまった『桜嵐記』でした。

 さて、その『宝塚イズム43』は轟悠はじめ珠城、美園、華と4人の退団者の惜別特集がメインで、執筆メンバーからは熱のこもった原稿が数多く集まっています。OGインタビューは、元宙組トップスター、和央ようかさんがハワイからリモートで受けてくださいました。退団15年、宝塚への熱い思いを存分に語ってくれています。現在、鋭意編集中で、お手元にお届けできるのは7月初旬になりますが、それまで楽しみにお待ちください。

 

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