「「愛国」の技法」を一生懸命まじめに実践すると死んでしまいます
――『「愛国」の技法――神国日本の愛のかたち』を書いて

早川タダノリ

『「愛国」の技法』を刊行してから、このタイトルはどんな意味なのですか?と何人もの方から尋ねられました。
 この本のコンセプトは、「自称愛国者のみなさんに贈る、こうすればもっと気持ちヨクなる愛国活動」です。謝国権先生や奈良林祥先生の後塵を拝して、神国日本へのさまざまな「愛のかたち」を列挙しました。ですから、謝国権先生や奈良林祥先生の性科学書と同じく、書かれてある「技法」や「愛のかたち」を全部実践すると死んでしまいます――ということを、ここで言いたいわけではありません。
 実際のところ「愛国の技法」とは、「有無をいわせぬ大義を振りかざして、思いどおりに他人を支配する技術」のことです。幻想的な「国家との一体感」に安心立命を求めるのみならず、オレは「国家と一体」だから「オレに従え」という権力欲とワンセットになっているのが、当時も、そして現在も変わらぬ「愛国心」の正体なのです。

 戦前・戦中に情報局が編輯していた「週報」という政府広報誌があります。この雑誌の昭和18年(1943年)1月6日号に、こんな投書が載っていました。

    休日を減少せよ
     戦争第2年を顧みて、われわれ勤人は、余りにも休日を多くもち過ぎた。これでは第一線の勇士や、銃後産業戦士に対し申訳がない。
     そこで決戦の年の新休日体制を提案し、当局の善処を切望する。
    1、四大節を除く祭日は、すべて出勤し、勤労の中に祭日の意義を生かすこと
    2、日曜休日を廃止し、10日、20日、および毎月の最終日を休日とし、各5の日を半日勤務とする。
    (東京 一会社員)

 四大節とは、四方拝(節)=1月1日、紀元節=2月11日(現在の「建国記念日」)、天長節=4月29日(昭和天皇の「天皇誕生日」)、明治節=11月3日(明治天皇の「天皇誕生日」、現在の「文化の日」)の四つのこと。四方拝(節)とは、天皇が元旦の早朝に天地四方を拝する行事からきた祭日です。
 この一会社員は、「第一線の勇士や、銃後産業戦士」に申し訳ないと、心中に燃え上がる「愛国心」の赴くまま、労働者の休日削減を政府に訴えたわけですね。月4、5回はあった日曜休日を3回に減らし、いつもは土曜日の半日勤務(いわゆる「半ドン」)も削減するという提案です。これこそ「愛国の技法」の実践例でありまして、結局のところ労働者としての自分の首を絞めているということにも気付かず、多くの人が休養を与えられずに苦しむということにも思いを馳せず、ただただ己の愛国ぶりを噴出させているわけです。
 ところが、その翌週の「週報」(1月13日号)には、この投書に対してこんな反応がありました。

    決戦に休みなし
     去る6日の通風筒〔「週報」投書欄のタイトル〕に「休日を減少すべし」との論があつたが、あの提案では、戦つてゐる国の銃後として、まだまだ手緩くはなからうか。
     勤務を誇るわけではないが、僕達は既に開戦前から月の休みは月に1回か2回で、後は毎日午後7時まで、時には深夜業までして働いてゐる。
     この決戦下、月に3日も休み、しかも半休日まで作らうとは贅沢だ。とにかく今の官庁、銀行、会社等の休みは多過ぎると思ふ。決戦に休みなし。休んでもよい体があつたら、人手不足の軍需産業へどんどん転業してもらひたい。
    (一徴用工員)

 見事にお互いの首を絞めあう負のスパイラルが始まっています。「愛国自慢」というか「愛国チキンレース」というか、このまま進んだら休日全廃論まで簡単に到達するでしょうね。
 しかもこの投書が興味深いのは、最初の投書がホワイトカラーであるのに対して「一徴用工」と現場のブルーカラーぶりを押し出している点です。「愛国者」であれば「立派な日本人」ということになり、平素から「油まみれの工員風情」などと社会的に虐げられている己の地位が、「怠け者のニセ愛国者」の連中に対して逆転します。開戦前から「月の休みは月に1回か2回で、後は毎日午後7時まで、時には深夜業」という、とんでもなくキツい職場であるにもかかわらず、たっぷり休みをとっている事務屋の連中・「社員」の連中に対する憎悪が、「愛国」ぶり競争に持ち込まれているわけです。
 政府広報誌「週報」がこの投書を取り上げたのは、なかなか汚いやり口です。これは現在の非正規労働者と「正社員」とに、それぞれ相手への憎悪と侮蔑を煽り立てる手口と似ています。憎悪と嫉妬とがないまぜになった「愛国」ぶりを競わせることで、「休日返上」を世論として醸成していくわけです。労働者間の格差を十分に利用しながら、漁夫の利を得るのは、戦時動員にやっきになっている政府にほかなりません。

 この「週報」での「休日」論争は、「愛国心」を通じた戦争動員のほんの一端にすぎません。ぜひ拙著『「愛国」の技法』をごらんになり、「有無をいわせぬ大義」が支配した時代の空気を味わっていただきたいと願っています。

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