第4回 ジャン・フルニエ(Jean Fournier、1911-2003、フランス)

平林直哉(音楽評論家。著書に『フルトヴェングラーを追って』〔青弓社〕など多数)

知る人ぞ知る、フランスの逸材

 フルニエと聞いたら、まず百パーセントのクラシック・ファンがチェリストのピエール・フルニエ(1906―86)を思い出すだろう。そのピエールの弟ジャン・フルニエが優れたヴァイオリニストだったことは、残念ながらほとんど一般的には認識されていない。
 ジャン・フルニエはフランス・パリ生まれ。パリ音楽院でブラン、ティボー、カメンスキーに師事し、卒業後はフランス国内はもとより、広く世界中でソリストとして注目された。妻はピアニストのジネット・ドワイアン。2人は1957年に結婚したとされる。58年、2人は来日して全国各地でリサイタルを開いている。
 私がいつジャンの演奏を初めて聴いたのかは覚えていないが、モーツァルトの『ヴァイオリン協奏曲第3番』『第5番』(ミラン・ホルヴァート指揮、ウィーン国立歌劇場管弦楽団、ウエストミンスター WL-5187、録音:1952年)で、こんなに優雅な演奏があったのかと、腰を抜かさんばかりに驚いたのははっきりと記憶している。
 この演奏に惚れぬいた結果、とうとう自分でLP復刻盤(GRAND SLAM GS-2099)を制作してしまった。2013年のことである。ところが、制作過程で思わぬことを知ってしまったのだ。フルニエらは来日した際、ドビュッシーの『レントよりおそく』と『亜麻色の髪の乙女』、フォーレの『子守歌』、ラヴェルの「一寸法師」(『マ・メール・ロワ』から)の4曲の小品を録音したという。それは日本ウエストミンスターで録音されたが、45回転盤(WF-9001)というフォーマットの宿命なのか、中古市場ではウルトラ・レアなレコードだという。
 そういわれるともう、矢も盾もたまらず、あちこちにメールを送り電話をかけ、知っていそうな人には声をかけまくった。すると、とある人の仲介によってこの貴重な45回転盤を借りることができたのである。さらに、これまた幸運がなせるわざか、この録音手記を古い雑誌で見つけた。手記を書いた人は故人だったが、遺族と連絡がとれて原稿の再使用の許諾も得ることができた。
 GS-2099 の本編の協奏曲はすばらしい演奏であり、ボーナス・トラックの日本録音は、それこそ幻の逸品である。しかも、解説書にはその録音現場をレポートした記事も掲載してある。CDの内容としては、これ以上は望みえない、完璧といえるものだった。
 ところが、あれだけ力を入れて発売したのに、恐ろしいほどに売れない。何人かの知人は「こんなにすばらしい演奏があったのか」と驚いてくれたのだが、売れ行きの悪さは全く変わっていない。
 協奏曲と同じくウエストミンスターには、ベートーヴェンの『ヴァイオリン・ソナタ全集』(WL-5275、録音:1954年頃)がある。このなかで私は「第2番」と「第9番「クロイツェル」」を聴くことができた。ピアノはドワイアン。「第2番」は予想どおりの軽やかな演奏だったが、「クロイツェル」はこれほど見事とは思わなかった。第1楽章の序奏は実にゆったりと、存分に歌い、風格も豊かだ。主部に入っても凜々しく品格にあふれ、表情もしなやかに変化する。第2楽章の流麗さも、たいへんに印象的だ。第3楽章も、余裕のある足取りがいい。ピアノ伴奏については、あとでまとめて触れる。
 ベートーヴェン以上に優れていると思われるのはフォーレの『ヴァイオリン・ソナタ第1番』『第2番』(ウエストミンスター WL-5156、録音:1952年)だろう。なぜか最初に『第2番』を聴き、そのむせかえるような濃い味わいに感心したのだが、『第1番』はいっそうすばらしいと思った。これも、ピアノはドワイアン。
 ドビュッシーの『ヴァイオリン・ソナタ』(ウエストミンスター WL-5207、録音:1953年)。これもきれいな演奏だが、フォーレの翌年の収録なのに、ちょっと音が冴えない。このLPは『チェロ・ソナタ』と『フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ』、この3曲を詰め込んだせいで音がいささか窮屈になったのだろうか。
 ブラームスの『ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲』(ヘルマン・シェルヘン指揮、ウィーン国立歌劇場管弦楽団、ウエストミンスター WL-5117、録音:1951年)も聴くことができた。チェロはアントニオ・ヤニグロ。この曲にはほかに内容的・音質的に優れた名盤があるが、チェロのヤニグロともども、抒情的な美しさが楽しめる個所も多く、聴いて損はないと思う。
 いかにもジャンらしいということで選ぶなら、ヘンデルの『ヴァイオリン・ソナタ』(「第1番」から「第4番」、フランスVega 30MT10.180、録音:不詳)は、最右翼ともいえる。非常におおらかで気品にあふれ、心からゆったりとくつろげるような、本当に趣味のいい音がする。ピアノはドワイアン。
 フロラン・シュミットの『ヴァイオリン・ソナタ』(フランスVega C35A251、録音:1959年)は、曲そのものは地味だが、フルニエの妙技を満喫できる点では、ほかの録音と同等である。この演奏もピアノはドワイアンだ。フルニエとドワイアンは夫婦だからか、きっと心ゆくまで合わせることができたのだろう、見事なアンサンブルといえる。これぞ、真のデュオである。興奮して本能がおもむくまま、食べ物を食い散らかすようなヴァイオリンとピアノは、音楽的な意味合いは低いのだ。
『クライスラーの作品集』(フランスVega C30A38、録音:不詳)、これまた身震いするくらい魅惑的である。ここには『美しきロスマリン』『愛の喜び』『中国の太鼓』など、入っていそうな有名曲は含まれない。こうした選曲の理由はわかりようがないが、おそらくはフルニエが納得できる作品を厳選したと思われる。面白いのは、紹介したなかで唯一ピアニストがドワイアンではない。Andre Collard とある。もちろん、どうしてこの人が起用されたのかも不明。「モーツァルトのロンド」、その前半部分の軽やかさ、そして後半部分の甘い、甘い音! 「序奏のアレグロ」のとても柔軟な音も、ため息が出てきそうだ。さらに「ウィーン奇想曲」のむせかえるようなウィーン情緒。これは、かのクライスラー以上ではあるまいか。「メロディー」「シチリアーナとリゴードン」「コレルリの主題による変奏曲」ほか、14曲を収録。CD化が熱望されるだろう。
 聴いた範囲では、フルニエの録音はすべてモノーラルのようだ。その理由だけで認知度が低いわけではないのだろうが、いずれにせよ、きちっと再評価することが急務のヴァイオリニストだと断言したい。

 

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