第2回 きゅうりが夏の病の身代わりに――京都・神光院の「きゅうり封じ」(京都府京都市)

吉野りり花(日本の旅ライター・旅エッセイスト。日本の食文化を中心に執筆)

 JR京都駅から西賀茂車庫行きの市バスに乗り込むと、二条城や晴明神社前を過ぎたあたりで乗客はぐんと少なくなった。ああ、ここから先は観光客が訪れない場所、つまり地元の人のテリトリーなんだな。そんなことを考えながらバスに揺られ、がやがやした街並みを眺めていると、40分ほどで「神光院前」のバス停に着いた。
 バスを降りると、そこはコンビニエンスストアや畑が点在するごく普通の住宅街。目指す神光院はどこだろう? 前を歩く女性に「神光院はどこですか?」と聞くと、女性は不思議そうに首をかしげ隣のブロック塀を指さしてくれた。昔から地元の人に大切にされてきたお寺。そんな印象のこぢんまりとした寺院だ。
 正門には「きうり加持 諸病平癒 厄難消除」と書かれた紙が掲げられている。京都市北区にある神光院は「西賀茂の弘法さん」と呼ばれ、東寺、仁和寺とともに京都三弘法にも数えられる真言宗の寺院だ。土用の丑の日である今日、病気を封じる秘儀「きゅうり封じ」がおこなわれると聞き、はるばる東京からここまでやってきたのだ。

 法要は一日に何回かおこなわれるというが、次の回まではまだ時間がある。それまで境内を歩いてみようか。池や蓮月庵の茶室をまわりこみ本堂に向かって歩く私の目に、何やらきゅうりの山が飛び込んできた。見ると梵字をかたどった石碑の前に白い掛け紙と紅白の水引を付けたたくさんのきゅうりがうずたかく積み上げられ、その横に「きうり塚」と書いてある。
 

 きゅうりといえば、漬け物やらサラダでお馴染みのあの野菜のきゅうりだ。なんの変哲もないきゅうりが、うやうやしく奉納されている光景に思わず噴き出してしまう。笑ってはいけないのだが、なんだかかわいらしい。同時にいまからはじまる「きゅうり封じ」への期待も高まってきた。

江戸時代から伝わる秘儀――「きゅうり封じ」

「きゅうり封じ」は真言宗の開祖である弘法大師が編み出した秘儀とされ、病魔悪鬼をきゅうりに封じ込めて無病息災を得たと伝わっている。きゅうりのなかには「内符」が挟み込んであり、そのきゅうりで体の悪いところやよくなりたい部位をさすり、持ち帰って家の庭などの土に埋めることで病気除けになるとされている。
 土用の丑の日といえば夏の盛りでいちばん暑い時期。昔は病気をしやすい時期として用心されていた。冷房がなく医学もいまのように進歩していなかった時代には、夏の病で命を落とす人も多かったはずだ。きゅうりに身代わりになってもらって病気を封じ込めようというのは現代人からすれば酔狂にも思えるが、昔の人にとっては非常に切実な願いだったのだろう。
 神光院の「きゅうり加持」は江戸時代から毎年土用の丑の日にとりおこなわれてきた。途中、明治時代の廃仏毀釈の頃にいったんは途絶えたが、1945年(昭和20年)頃から再開されたという。

霊力を得たきゅうりに夏の病を封じ込める

 本堂のなかでは「きうり加持」の申し込みをすませた参拝者が法要の開始を待っていた。私もそそくさとその横に並ぶ。加持祈祷を受けるには1人1,500円を奉納し、用紙に病名と名前、年齢、住所を記入することになっている。遠方の場合は郵送や代参でもかまわない。
 寺の方から渡された紙には「キウリ加持の御祈祷は、弘法大師が大日如来の心境に入って修行遊ばした御祈祷であります。大日如来は私たちが生活して居る自然界を現した仏様です。私たちの恐れて居る全ての病気は肉体の何処かに不自然なことが発した時に生ずる現象であります。そこで自然界の本体である大日如来の観念に往して不自然に生じた肉体の病気をキウリの中に封じ込み之を土中に埋めて、キウリが自然界にとけ込むと同時に病気も同化消滅すると云う御祈祷であります」と書いてある。ふむ。
 灯明の下がる祭壇の前に住職がやってきた。三方には掛け紙と水引を付け、1つずつ氏名と年齢が書かれたきゅうりが積まれている。住職は鈴を鳴らし真言を唱えたあと、きゅうりを1本1本取り上げて鈴の上で円を描くような仕草をはじめた。いままさにきゅうりに病魔悪鬼を封じ込める霊力が宿っているのだろうか。不思議な気持ちになるが、参拝者の方々は目を瞑り合掌し和尚に合わせて真言を唱和している。住職は参拝者に向き直り、今度は1人ずつ名前と年齢を呼び上げ厄除けきゅうりを手渡しはじめた。名前を呼ばれた参拝者は住職の前できゅうりを受け取り、額づかんばかりに深々と礼をしている。高齢の方もいれば、代参だろうか、幼児の名前も遠方の住所もある。小さな子どもの病気や祖父母・曾祖父母など、ここにいる誰もが大切な人の病気平癒を真摯に祈っているのだろう。
 

 参加者全員がきゅうりを受け取ると、それぞれ晴れ晴れとした表情できゅうりを手に本堂を出ていく。そのまま帰途につく人もいれば、先ほどの「きうり塚」に向かう人もいる。病を封じ込めたきゅうりは土に埋めることになっているが、昨今はマンション住まいなどで庭がなく、家に土のあるスペースがない人も多い。そういう人は境内の「きうり塚」にきゅうりを奉納して帰るのだという。さっきのきゅうりの山はその山だったのか。噴き出したのを申し訳なく思いつつ、私ももう一度「きうり塚」に向かった。

なぜきゅうりなのか?――土とともに自然に還るというマクロな視点

 なぜきゅうりが身代わりの食材として選ばれたのか。住職はこう説明してくれた。「きゅうりというのは90パーセントが水分でできていて、腐りやすい性質をもっている。きゅうり封じでは病を封じ込めたきゅうりを土に埋めるが、それは土のなかできゅうりが腐って自然に還ってくれるから。病とともに大いなる自然に還っていく。そういう考え方です」
 病もろとも土に還るとはなんとマクロな発想だろうか。人間も自然の一部であり、大きな目でみれば、いずれ自然に還っていく存在だ。身代わりとなったきゅうりも、ひとの願いも、すべて自然の一部となって土に還る。きわめてスケールの大きな祈りの消却法だと感じる。

「かぼちゃ封じ」「大根炊き」――京都に伝わる野菜のまじない食

「きゅうり封じ」は京都市内では五智山蓮華寺と神光院の2カ所でおこなわれていて、他にも京都府綾部市・羅漢山宝住寺の「きゅうり封じ薬師大祭」、愛媛県西条市・世田薬師の「夏祈祷封病きうり封じ修法」などがある。福岡県筑紫野市の天台宗椿花寺武蔵寺には「瓜封じ」なるものもある。考えてみればきゅうりも瓜も同じウリ科の野菜だ。やはり水分が多く腐りやすいということが背景にあったのだろうか。ちなみに「きゅうり封じ」ではきゅうりを食すことはしない。食材としてのきゅうりではなく、あくまで病気を引き受けて身代わりとなり自然に還る役割を担ったようだ。
 京都では同じく7月に住蓮山安楽寺で「中風まじないかぼちゃ供養」がおこなわれ、ひょうたんのような形をした鹿ヶ谷かぼちゃを煮物にしてふるまう。12月には矢田寺で「かぼちゃ供養」がおこなわれ、冬の風物詩とされている。こちらは冬至の頃に霊力を増すとされるかぼちゃをなでるなどした後に、「かぼちゃ接待」としてかぼちゃの煮物がふるまわれ、参拝者がこれを食べるというもので、いずれも中風除けになると信じられている。中風除けとは広い意味で「病気にならない」という意味のようだ。さらに12月には各寺院で「大根炊き」がおこなわれるが、こちらは梵字を入れた大根を炊いたものを食べることで病気にならないとされる。きゅうり、かぼちゃ、大根。京都では旬の野菜をまじないの材料に使い、食べる風習が多いのも興味深い。
 ちなみに「瓜封じ」で瓜が使われるのは輪切りにしたときの断面が密教法具の法輪に似ているからで、瓜には病魔や災厄を封じ込める霊力があると信じられたという。こういう霊力を信じるところから「まじない」が生まれるが、実のところこういった縁起や効能に関しては「後づけなのでは?」という声を聞くことも多い。しかし、それでもかまわないのだと思う。何かにこじつけ、辻褄を合わせてさえも必死に祈らざるをえない願いがある。それこそが人間の姿なのだから。

 

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