はじめに ごあいさつに代えて

吉野りり花(日本の旅ライター・旅エッセイスト。日本の食文化を中心に執筆)

 自然とは一体なにか。その問いからこの企画は始まった。自然とはいつも私たちのそばにあり、私たちが生きていくのになくてはならないもの。米、野菜、肉、魚、果実、山菜といった食物になる山海の恵みを与え、大気を作り出し、私たちを育んでくれるもの。優しい緑のなかに身を置けば心がすっと落ち着いていくように、まるで包んでくれる母のようなもの。
 しかし、ときには荒ぶり、嵐や大雪などといったかたちで猛威をふるい、その恐ろしさを私たちに見せつけることもある。どんなに科学が発達しても、人間の力で自然をねじふせることはできない。
 日頃、文明の発達の恩恵を受け快適な都市生活を送っている現代の私たちに、自然の脅威を強烈に思い出させたのが2011年の東日本大震災だった。被災した三陸の小さな漁村では、日頃食料になり生活の糧を得る魚を与えてくれるものだった海。それが地震によって突如牙をむき、大津波になって多くの人を飲み込んでしまった。そのあまりの力に人間はなすすべもなかったのは記憶に新しい。
 考えてみれば地震や津波といった自然災害はいまに始まったわけではない。人類は誕生以来、常に自然と向き合ってきたはずだ。特に日本は海に囲まれた島国である。稲作を営む農耕民族だった日本人は、自然とうまく折り合いをつけながら作物を育て生活を営んできた。その長い歴史のなかで、自分の力ではどうすることもできない自然と日本人はどう向き合ってきたのかと考えると、おそらく「そういうものだと受け入れ、できるだけ自然災害の被害が少なくすむようにと祈ってきた」のではないかと思う。その素朴な祈りが形になったものが、各地に伝わる民間伝承であり、祭りだった。そして祈りを捧げるときには自然からの贈り物だった食べ物を供物として捧げてきたのではないだろうか。
 ここでは日本各地の素朴な祈りと結び付いた郷土食を「まじない食」と定義づけ、紹介していく。日本人が何を恐れ、何を願ってきたか。各地に伝わる「まじない食」を俯瞰することで、それが浮き彫りになってくるのではないかと考えているからだ。
 古くから受け継がれてきた伝承行事や郷土食は、それを知る世代の高齢化と生活の近代化、主産業だった農業の機械化などが原因で急速に姿を消しつつある。そんないまだからこそ「まじない食」を記録することで残しておきたいという思いもある。
 これが郷土食を通じて人間を見つめる試みになればうれしい。さあ、みなさんを「まじない食」の世界へご招待しましょう。

 

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