第4回 神楽坂モノガタリ、いよいよ開店

久禮亮太(久禮書店〈KUREBOOKS〉店主。あゆみBOOKS小石川店の元・店長)

はじめに

 こんにちは、久禮書店です。
 前回の記事からご無沙汰していたこの4カ月の間にも、多くの出来事がありました。新刊書店カフェのマルベリーフィールドでの朗読食事会、新しいブックカフェの立ち上げ、書店員勉強会の講師、異業種の社内研修講師など、初めて体験することばかりでした。やってみてわかったのは、どの仕事も、これまで取り組んできた書店業務が発展したもの、あるいは本当はやらなければいけなかったのにできていなかった本屋の仕事そのものだったということです。新刊書店の現場にいるみなさんにも、参考にしていただけることがきっとあると思います。

ブックカフェを立ち上げる

 今回はまず、新しいブックカフェの立ち上げについてお話しします。
 このブックカフェは、名前を「本のにほひのしない本屋 神楽坂モノガタリ」といって、今年(2015年)の9月22日にオープンしました。カフェ事業を中心に、新刊書籍や輸入服飾雑貨などの販売とイベントを組み合わせたお店で、40坪の店舗のなかに40席ほどの客席、3,000冊の販売在庫を持っています。
 地下鉄東西線の神楽坂駅の神楽坂口を地上に出ると、すぐ正面に見えるビルの2階にお店があります。早稲田通りに面した側には、総ガラス張りのサンルームのテーブル席と屋外テラス席があります。店の奥は書棚で仕切られた静かなカフェスペースになっていて、ソファやバーカウンター、暖炉も備えています。

外観

 カフェのメニューには、ハンド・ドリップのコーヒー、季節のケーキ、生ビール、ウイスキーやワインなどもあります。暖かい日にはテラスでパラソルの下、寒い日には暖炉の前で、本を読みながらお酒も飲めるというすばらしい環境です。もちろん、フラッと立ち寄って棚を見る、1冊買うだけという、本屋として気軽な日常使いもしていただきたいと思います。
 このお店は、製本業を核として出版やウェブシステム制作など関連事業を持つフォーネット社の一部門として運営されています。製本事業を通して出版に関わってきた同社の会長は、「読者と著者、業界に恩返しをしたい、読者のみなさんが本と出合うために、ゆったりとした空間を演出したい」と、以前からブックカフェ事業を考えていたそうです。
 私は久禮書店として、選書だけではなく書籍販売実務全般をフォーネット社から受託しています。つまり、初期在庫の棚作りだけで終わりではなく、日々カバーを折り、注文書籍の段ボールを開け、伝票の計算をし、返品を出して、レジ締めや日報作成をするといった書店業務を、あゆみBOOKS時代と同じようにやっているのです。いわば「ひとり書店」を、カフェの支援のもと店内に間借りして運営しているような形です。
 しかし、ひとつの空間に同居している以上、書店とカフェは密接に関係しています。状況によっては、私もカフェのホール係としてドリンクを出したり、キッチンのコーヒー・ミルを掃除したりということもあります。また運営チームの一員として、カフェのメニュー決めに意見することもあれば、ビールの利益率について一緒に検討することもあります。
 書籍を売るためにカフェの集客力を上げる、カフェの魅力を高めるために書棚を充実させるというように、お店全体のつながりのなかで考える場面がこの2カ月で増えてきました。これまで経験してきた本屋の経験や考え方を、新しい業態に合わせて応用していくことになるとは思っていませんでしたが、これはこれで面白いと感じています。

課題の整理からスタート

 この仕事の依頼をいただいたのは、6月初旬でした。お店のプロジェクト自体は昨年から始まっていて、店舗物件の賃貸契約もできていました。内装の設計図もいくつかの案ができていて、カフェのスタッフは都内の有名喫茶店でコーヒー修行に出ていました。しかし、書棚の担当者だけはまだ決まっておらず、書店経験がある人材を探していたのです。そんな事情を知っていたある出版社の営業担当者にご紹介いただいたことが、きっかけでした。
 神楽坂モノガタリの立ち上げプロジェクトには、製本会社会長ご夫妻を中心に、建築家やインテリア・デザイナー、施工業者、製本会社役員・社員の方々が結集していて、私は途中からその一員になりました。当初の計画では7月末の開店を目指していたため、6月の残りの3週間ほどで3,000冊の選書をとにかく仕上げることが、私の第一の仕事でした。すぐにリストアップの作業に取りかかりましたが、同時にやらなければいけない仕事が次々に出てきました。
 お店の運営チームに参加しているフォーネット社のメンバーは、多様なバックグラウンドを持っています。同社のグループ会社である児童書出版社の社長を兼任している方、前職ではマンガ雑誌の編集長だった方、親の代から製本業という方など、本に関わる様々な経験を持った人々です。ただ、書店の現場を経験しているのは私だけでした。
 そのため、選書作業よりも重要な売るための環境づくりが、まだできていなかったのです。オーダーする書棚のデザインや寸法、細部の仕様を決めることに始まり、レジスターの操作方法や売上金の取り扱い方の指導、取次の担当者との打ち合わせや出版社への出品のお願い、仕入れ・販売・返品による在庫管理の枠組みづくりまで、書店のインフラを整えることが先決でした。

まず書棚を決める

 まず取りかかったのは、書棚の仕様決めです。棚の位置や寸法の大枠は決まっていましたが、その中身はまだ白紙でした。一緒にデザインするのは、飲食店や病院などの店舗デザイナーと、企業オフィスや個人宅を多く手がけるインテリア・デザイナーの方々です。初めのうちは書店什器に必要な仕様を私から要求していたのですが、それは取り下げてみることにしました。
 せっかくの機会なので、アパレルショップやホテルのようなしつらえに本を置いたらどうなるのかと思ったからです。また、書店での実用性を忖度せずに、デザイナーの視点から見た本が映える置き方を採用してみたいと思ったからです。ただ壁面棚だけは私の好みを主張して、ロンドンのドーント・ブックスやニューヨークのリッツォーリのような重厚な木製棚をオーダーしました。

オーダー書棚組み立て中

 木製の棚にこだわったのは、このお店を落ち着いた書斎のような空間にしたいと思ったからです。お酒や暖炉といったアイテムや、神楽坂の土地柄から連想したのは、大人のための書斎といったイメージでした。お店の半分がガラス張りで開放的なぶん、奥の壁面は違う雰囲気にしてみたいと考えました。また、誰かの書斎という舞台設定なら、様々なジャンルをまぜこぜにしても、なんらかのまとまりを感じる演出にできるのではないかと考えたのです。

次に書籍を仕入れる

 この棚に詰める書籍のほとんどは、トーハンから仕入れています。とてもありがたいことに、私が参加する前に取り引き口座の開設はできていたのです。ただ、実際の日常業務をどうするかは未定でした。そこで、次にトーハンの担当の方と打ち合わせをしました。
 雑誌、書籍とも新刊配本はせず、注文品だけのやりとりにする。仕入れ条件は一般的な書店と同じ掛け率で、返品もできる。注文品だけでも毎日配送してもらう。ウェブ発注システムを導入する。このように、書店として不自由なく棚作りができる条件が揃いました。
 一般的に、書店が大手取次に口座を開くためには、予想される月間売り上げの2、3倍の金額を信認金(保証金)として納入するか、店舗が自社所有物件ならそれを担保に入れるなど、高額な初期費用が必要です。このお店も、店全体の月間売り上げ数カ月分を納めています。書店を独立開業するのは、やはり相当に高いハードルがあるといわざるをえません。
 ただ、まったく不可能ではないとわかりましたし、自分自身が開業することをより具体的に想像できるようになったと感じています。また、大手取次の現場の方々と、チェーン店の画一的な業務連絡ではないことを話し合える機会を得たことは、よかったと思います。一口に取次といっても、実は一枚岩のものではなく、内部では様々な考えを持って動いている人がいる、なかには独立志向の新業態の人々とごく近い考えを持った人がいると知りました。

初荷が到着したときの様子

ここで書籍流通の可能性を(少し)考えてみる

 トーハンはこれまでにも、下北沢のB&Bをはじめ、池袋や表参道、福岡に出店している天狼院書店など、いくつかの小規模新業態の書店と取り引きがあり、新しい書店の試みを積極的に支援してくれているように思います。また、現在のところ直接の取り引きはありませんが、日販にも同じように新しい書店の業態を支援、あるいは独自に企画する部署があり、私もそこの人々とお話しすることがあります。
「ひとり出版社」や書店の独立開業、複合業態での書籍販売というような話題で業界のみなさんと語り合う機会は、ここ最近増えました。しかし、そのような場で取次のなかの人の声を聞く機会は、なかなかありませんでした。たしかに、書店も出版社も、大手取次と新規に直接取り引きを始めるには高いハードルがあります。取り引き関係があっても、官僚的な制度やデータ主義にうんざりすることも、書店の現場ではたびたびありました。そのため、取次流通を迂回して書店と出版社の小規模な直取り引き関係を模索する議論が中心になりがちなこともうなずけます。私自身も、チェーン書店を退社した直後は、「独立開業するなら直仕入れかな」と、漠然と思っていました。
 もちろん、志があり独立心旺盛なプレイヤー同士で意志が通ったタッグを組むような関係は必要だと思います。また、商売の原点に立ち返るような、シンプルで利益率が高い仕入れスキームを中抜きで組み上げることも必要だと思います。
 ただ本屋には、品揃えの多様さと流動性を実現するための問屋機能が不可欠です。たとえ小さなお店でも品揃えの網を十分に広げて、できるだけ多くのお客様のあいまいな期待や潜在的な願望を受け止めて形にしてみせること。小さな出版社のささやかな試みにも目を配って、彼らが本を世に問う機会を差し出すこと。そういった、新刊書店というメディアの面白さを最大限に引き出すには、相応の規模を持った問屋機能と商品の最終出口が確保されている必要があると思います。
 物流と決済をある程度まとめなければ、少人数で運営する書店は荷物の受け渡しや支払い手続きだけでパンクしてしまいます。また、情報を集約して、まとめて流してくれる役割も大切です。つまり、シンプルに本と情報を卸してくれる問屋さんです。
 金融機能と書籍流通機能が複雑に絡み合った現在の取次は、これまでのチェーン書店の拡大や大出版社の成長には不可欠なものだったかもしれません。しかし、その金融機能のために大きな信用保証が必要とされ、小規模書店の参入が難しくなっています。既存の取次から問屋機能を切り出して、より利用しやすく開かれたものにしていくべきだと思います。
 また、いくつかの取り引き条件のオプションを選択できることも必要だと思います。委託条件で仕入れたなら返品許容枠、買い切りで仕入れたなら価格決定権など、売れ残るものを最終的に排出する方法が確保されていなければ、お店は回っていきません。
 取次の契約条件や再販価格維持契約の見直しなど、このような大きなテーマを扱うには、私の見識も足りませんし、多くの人を巻き込む議論が必要です。こういった問題を考えるにあたって、取次の人々とも語り合えるつながりを持てたことは、このお店に関わることで得られた大きな収穫のひとつです。

「本」先行型の選書とは?

 この新規店のために3,000冊をリストアップする仕事は、作業量としてはなかなかの大仕事で、結果的には1カ月半かかりましたが、作業の工程としては道に迷わずに進むことができました。マルベリーフィールドで500冊を選書したとき、それ以前のあゆみBOOKSの平台を作っていたときと基本的な考え方は同じでした。
 選書の段取りで大切にしようと思っていたことは、本をバラバラに考えることです。いわゆる文脈棚に組み上げることを避けて、売りたい本を思いつくかぎりどんどん挙げていきました。セレクトの切り口やテーマが先に決まっていると、その文脈を成立させるためには有効だけど単品として買わせる力が弱いと感じる本を、ついつい増やしてしまうと思ったのです。
 買わせる力がある本には、そもそもその1冊1冊に多面的な魅力が備わっていて、見る人によってグッとくるツボのありかは違うと、いつも感じています。そのため、特定の文脈に沿うよう1本の鎖のように本をつなげていくと、それぞれ個性的で売れるはずの本がかえって目立たなくなってしまうことがあります。
 そのため、少ない在庫でも充実した品揃えを演出するには、1冊1冊のキャラクターが立っていて、ジャンルの振れ幅が大きく、その間のつながりはお客様の想像に任せることがいいのではないかと考えています。
 正直に言うと、気が利いた文脈のアイデアもなく、セレクトショップの棚作りに合ったスマートな方法を知らなかっただけという面もあります。本来なら、文脈棚の小見出しにあたる言葉やテーマを先に設定して、大まかに冊数の配分や収納する棚の番地を割り当ててから始めるというのが、セレクト書棚作りの定石だと思います。
 実際、有楽町のMUJI BOOKSや、マルノウチ・リーディングスタイルなどは、そのように準備されたと聞きます。リーディングスタイル各店舗のディレクションをほぼ1人で担っているという北田博充さんは、そのような手法を使って、とても新鮮な切り口で定番書を面白く再定義して売り伸ばす棚や、特別な本好きでなくても気軽に買える棚を次々に作っています。
 いつだったか、彼と語り合ったときには、私があまりに不器用にドカドカと本を列挙していくやり方が彼のそれとはまったく正反対なことを、2人で笑い合ったこともありました。
 つまり、選書の手法自体に優劣があるのではなく、選書をどんな方法で始めるのかは、そのあとに店舗全体を運営する方法の一部として、おのずと規定されるものなのだと思います。

久禮書店流の選書術

 私のやり方は、こうです。まず、漠然とお店の雰囲気やそこに来てくれそうな人のイメージを作っておきます。次に、とにかくいいと思う本をどんどん書き留めていきます。どんなお店でも売れるド定番、実は何度も重版しているロングセラーだけどよそで見かけないもの、神楽坂なら売れるんじゃないか、私の好みにすぎないけどお薦めしたい、などなど。
 このような本たちを、リストではなくスリップに書き起こしていきました。白紙のスリップに1冊ずつタイトルや著者などを記入しては、束にして溜めていくということをひたすら続けていきます。スリップが数百枚の束になってくると、持ち歩いて外出先で作業することが難しくなってきたため、ちょっと工夫する必要が出てきました。
 そこで、白紙スリップのテンプレートをPDF形式でipadに入れておいて、その画面にタブレット用ペンでどんどん書いていくことにしました。この方法なら、たとえ紙のスリップを捨ててしまってもバックアップも取れています。ある程度書き溜めたところで印字しては1本の短冊に切り離していきます。

タブレットで手書きスリップ

 こうして溜まってきた束をシャッフルして、見返していきました。ちょうど、前日の売り上げスリップの束をチェックするような要領で、気づいたことや連想されるキーワード、その本につながる別の本のことなどをスリップの余白にメモしていきます。そうしながら、スリップを大まかに仕分けしていきます。おおよそ一般的なジャンル分類やテーマに沿いながら分けているのですが、まだ適当に集めているくらいにしておきます。もっと面白い組み合わせを思いついたら、トランプのカードを繰るようにスリップをまとめ直して、輪ゴムで留めておきます。面陳にしたい本、候補に挙げたけれどやはり売れないと思うものなども、こうした作業のなかでピックアップしていきます。
 この手書きスリップを1,500枚ほど作り、自宅の作業机の上いっぱいに広げていたところ、妻や同業の友人たちからは、「頭おかしいんじゃないの」とか「ちょっと偏執的で気持ち悪い」といったありがたい言葉をもらいました。大変な手間のかかる作業と思われたのかもしれません。しかし、私にとっては慣れ親しんだ手法であり、エクセルのリストを何百行も目で追ったり行を切り張りしたりするよりは、自然なやり方なのです。何より、リストアップの流れ作業のなかに、1冊1冊を売れるようにどう扱うかと立ち止まって考える時間を挟み込んでいくためには、手間がかかるほうがいいのです。

机いっぱいのスリップ

 スリップの束を持って、工事中の店舗に行くこともありました。未完成の棚とスリップを交互に眺めながら、どの場所に何が並ぶと売れそうだろうか、この棚に面陳を多用しても目立たないから背挿しで売る並びで使おうなど、選書の合間に確認するためです。私は、どうしてもスリップや棚といった物の形や作業の型に助けられながらでないと発想できないようです。
 この1,500冊で棚の並びに基本の骨組みができたあとは、エクセルのリストに入力し直しながら肉付けをしていき、発注リストを完成させました。正確に言うと、気になる本を見つけるたびにリストを編集してしまっていては終わりがなくなるため、発注期限ギリギリでトーハンに投げたという感じです。

在庫と売り上げのバランス――オープンしてふと思うこと

 内装工事が完了する予定日から逆算して決めた発注期限だったのですが、リストを手放したあとにも様々な事情で工事は長期化していきました。そのため、この期間に出た新刊が、開店時の品揃えにはまったく入らないということになってしまいました。新刊書店の感覚からすると、それはとても困ったことだと思っていたのですが、お店を2カ月やってみたいまでは、さほどのことではなかったと感じています。

できあがった書棚

無事オープン! 初日の様子

 現在でも、トーハンから新刊配本は受けていません。新刊の刊行リストや他店の店頭をチェックして、こちらから注文しています。神楽坂にも置きたいと思う新刊はやはりたくさんありますが、棚の容量や売れ方に合わせて、いまのところはかなり絞り込んで注文しています。開店前に選書した棚全体を見ても、ここ1年ほどの新しい既刊もあまり多くはありません。かといって、古い本や珍しい本をマニアックに揃えているのでもありません。
 このお店は、私なりにオーソドックスな新刊書店を目指しています。もちろんブックカフェなので、パッと見た陳列の印象は、一般の新刊書店とは全然違います。ですが、棚の使い方や回し方も、選書にスリップを使ったのと同様に、実はあゆみBOOKS小石川店のころとほぼ同じ考え方です。新刊でも既刊でも、普通に「ちょっといいね」と思える本を、あまり凝らずに並べていきたいと思っています。面白いと感じる新刊書店はどこも、その店らしい隠れたロングセラーをいくつも置いています。数字の面から見ても、高いレベルで売り上げが安定するのは、新刊に出物があったりなかったりという事情に関係なく、既刊が多く売れているときです。
 あゆみBOOKS小石川店で、書籍単行本の月間売り上げを何が構成しているのか、その内訳を毎月調べていました。売り上げ冊数のランキングを、月1冊売れ、月2―4冊売れ、月5―7冊売れ、月8―10冊売れ、11―15、16―20など、いくつかの帯域に分けてみるのです。売り上げ前年同月比の推移を追いながら、前年比が上がったとき、下がったとき、それぞれの帯域がどのように変動したのかを調べます。
 その結果を大まかに言うと、前年比が上がっているときはたいてい、3―4冊売れ程度の棚前平積み、それも既刊が目立って多く売れることで、全体の売り上げに貢献していました。新刊台一等地に山積みの売れ行き最上位の帯域の前年比が下がっていても、中位グループが売れているおかげで全体の前年比はプラスになることもありました。
 一方で、1冊売れの帯域はいつも大して変動しません。これは主に棚挿しで売れたか、平積みだけど1冊しか売れずに見切ったものたちです。点数としてはいちばん多いこの部分が変動していないということは、入店客数の分母はあまり変わっていないということだと思います。
 つまり、新刊や話題書によるアップダウンにめげずに、地味な棚前平積みをいかに面白くして、お客様1人ひとりのまとめ買いを増やすか、新刊に頼らず既刊の面白さを引き出してみせるかという地道な作業こそが全体の売り上げに影響するということを、あらためて確認したのです。
 棚前平台を隅々まで売れている状態に保つためには、やはり取っ替え引っ替えするため、返品も生じます。自分なりに根拠がある返品なら、積極的にするべきです。この連載の1回目にお話ししたことにつながりますが、漠然と返品を恐れて、売れないものを積みっぱなしにすることは、売り上げを落とす大きな要因になります。
 このような手法を使えるという点で、神楽坂モノガタリが取次口座を持っていることは、大きな助けになります。ただ、このように品揃えを新鮮に保つことは、多くの入店客があることと対になってはじめて意味があることです。そのために、私が神楽坂モノガタリでいま取り組んでいることは、飲食店として利便性を高めることや、イベントを企画して初めてのご来店の機会を増やすことなのです。
 私が考えるこのような変動していく品揃えの書店とは反対に、お店の在庫をすべて買い切りで揃える書店の試みもあります。双子のライオン堂というお店です。白山の小さな倉庫で開業され、現在は赤坂に移転・増床して営業しています。このお店では、おもに神田村小取次から新本を買い切りで仕入れています。
 店主の竹田信弥さんは、100年読み継がれる本を揃えて売ることをお店のミッションとしていると言います。作家や批評家、同業の個人書店主など、専門家に選書を依頼して、1人の選書では到達できない棚の面白さを目指しています。また、ただ品揃えをするだけではなく、頻繁に読書会を開催しています。長く読み継がれるべき本を、実際に読んでもらう機会やどう読むといいのかと伝える機会も含めて提案しています。
 このような取り組みを知ると、新刊書店として書籍をどんどん流していく仕事を大いに反省させられます。書店の品揃えのなかで、何をストックして何をフローさせるのか仕分けすること。ストックすべきものを、売れるまでお客様に提案すること。こういった仕事を、いま残っている新刊書店の1軒でも多くで見直すことができれば、また、そのような取り組みをしていることを、書店に来ない人に伝えられれば、状況は変わるのではないかと思わずに入られません。

出張書店という経験

 書店に来ない人に本と本屋について知ってもらうという試みを、神楽坂モノガタリの仕事とは別に機会をいただいて、実際にやってみることができました。
 それは、ある企業での社員向け研修会の講師というお仕事でした。
 田町にオフィスがある外資系の医療機器メーカー、アボット・バスキュラー・ジャパンでは連続企画として、様々な業種の現場で働く人々の話を聞くという研修会を実施されていたそうです。そのひとつに、書店代表としてお招きいただきました。
 研修会の準備のために先方の担当者とお話しするなかで、書店員の仕事の話をどう医療機器メーカーの方々に役立ててもらえるかと考えました。そこで思いついたのは、本屋の仕事から本質的なことを抜き出して汎用性のあるものとして言葉にすることと、ご要望に合わせてカスタマイズした出張書店をやることでした。そうお話ししたところ、大いに興味を持ってくださり、20冊ほどの選書を任せてもらいました。
 研修会はランチタイムの1時間で、食事をしながらお話しできるカジュアルな雰囲気のなか、おこなわれました。まずお話ししたのは、出版・書店業界の基礎知識的なことや書店の日常業務などです。そういった具体的な事柄から入り、本屋という仕事自体がコミュニケーションを本質とするものだということをお伝えしました。
 著者や編集者の思いや社会的な関心事、お店に集う多くのお客様やそのご興味など、多くの要素を本とその並べ方にどう結び付けて見せるか、またその結果引き出されたお客様のご要望をどう汲み取るのかと、お話ししました。
 次に、書店員流の本の選び方をお話ししました。大量の新刊から光るものを見つける視点、見かけに惑わされずに中身を大づかみにする目次の読み方、ロングセラーを見つける奥付チェックなど、本屋をうまく使う助けになりそうな事柄です。
 そして、書店員はそうやって選んだ本で棚や平台をどう構成するかという実例も兼ねて、選書して持参した本の1冊1冊を並べながら、お薦めの口上を披露していきました。
 今回いただいたお題は、「コミュニケーションを考える」でした。小説や実用書、人文書まで、できるだけ幅広く網羅して、意外性を感じてもらおうと考えました。ビジネスの専門領域では、参加者のほうが圧倒的に詳しいと考え、あまり選びませんでした。
 持ち込んだ書籍には統一したデザインの帯を巻き、そこに売り文句を書いておきました。これらの書籍がオフィスのミニ・ライブラリーとして、社員のみなさんにあとで閲覧されるときにも、手に取るきっかけになればと考えました。また、今回持ち込んだもの以外にもたくさんの書籍をリストアップしてあったため、その一覧とお薦めコメントを全員に配りました。こういった作業は、店頭でおこなうテーマ・フェアと同じ要領です。
 幸いにも、持ち込んだ書籍はみなさんに面白がっていただき、会社としてすべてご購入くださいました。また、社内で回覧していただいたうえで個人用にもご購入くださるきっかけになればと期待しています。

おわりに

 この試みは、書店の日常業務をただ外部に持ち出したものなので、特殊な商売ではありません。きっかけをつかめば、多くの新刊書店でも、ある種の外商として展開していけるものだと思います。
 神楽坂モノガタリでも、この外商を持ち込んで、大きくしていきたいと考えています。この店のように棚が小さく、カフェの性格によって品揃えの傾向を制限せざるをえない場合でも、お店を仕入れ拠点やお客様との窓口として活用して、幅広くお薦めして買っていただく機会になりえます。
 このように、現在は神楽坂モノガタリの書棚運営を中心にしながらも、カフェとしての基礎を固めて利用客を増やすことや、お店の外にいる近隣の方々のお役に立てる販売企画などに取り組んでいるところです。
 次回は、マルベリーフィールドで開催した朗読食事会のことや、新刊書店の現場の方々との勉強会の様子についてお話ししたいと思います。神楽坂の続報もお伝えします。それでは、また。

 

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