第6回 893? ヤクザ? 任侠?――男らしさのサンクチュアリ

西村マリ(オタクカルチャー研究。著書に『アニパロとヤオイ』〔太田出版、2002年〕)

 漢が漢に惚れる。
 BL界には、熱く激しい男同士の絆を描くのにぴったりなヤクザものという装置がある。命を預け合うホモソーシャルな絆をちょっぴりずらせば、身体を預け合うセクシュアルなラブというわけだ。893という数字はハードな内容を思う存分楽しめる異世界へアクセスするパスワードだ。

兄弟仁義

 同人界では昔から男同士の絆で盛り上がる任侠ものは人気の設定だった。1981年に出た『兄弟仁義 らっぽり合体任侠号』は、波津彬子、坂田靖子、森川久美ら花形プロ漫画家たちによる合同誌で、東映任侠映画のパロディーだった。お遊び企画満載で大いに人気を集め、翌年、新書館版(1)も出ている。
 BL夜明け前、コミケでの『キャプテン翼』(2)の大ブレイクを受け、商業出版から二次創作のヒットを集めたアンソロジーがドッと出始めた。1987年の『つばさ五段活用』(3)には、おおや和美の「ほのぼの兄弟仁義守ってあげたい」という任侠ものが載っている。原作がサッカーマンガなので組員はイレブン(11人)?! キャプテンでエースストライカーの日向小次郎が組長で、副組長はゴールキーパーの若島津健。この頃には任侠ものは定番化していたようだ。

ヤクザもの五段活用――若頭は大人気

その1、若頭・政の場合
 1992年、「b-Boy」第6号(4)で任侠特集が組まれた。
 力作ぞろいのこのアンソロジーのなかでも、こだか和麻の「ひとり咲き」は、劇画的な絵柄と暴力的な展開で、少女マンガに慣れた読者に大きな衝撃をあたえた。恋愛映画ばかり見ていた女性が東映任侠映画を見たようなものだろうか。
 主人公の佳は組長の息子で小生意気な少年だが、幼い頃からかわいがってくれた若頭の政を慕っている。政は「自分、不器用ですから」と言いだしそうな渋い色男だ。この2人は、のちにBL黎明期を代表する大ヒット『KIZUNA』(5)の脇カップルとして活躍するのだが、この短篇ではまだほのかな思慕の段階で、メインになっているのは、現在のBLではめったに描かれない第三者による暴行だった。
 どちらにしても、平和ボケ日本の日常的な設定ではアナクロにしか感じられない、凶暴な男の強さを描くにはヤクザものは都合がいい装置である。いわば絶滅危惧種になった「荒々しい男らしさ」のサンクチュアリといったところだろうか。
 なおこの特集には「ひとり咲き」のもとになった同人誌「絆」の紹介ページもある。

その2、若頭・黒羽の場合
「b-Boy」の任侠特集と同じ頃、花郎藤子の小説『禽獣の系譜』(6)が刊行された。この作品のもとになった同人誌は、熱くシリアスな展開で絶大な支持を集め、ハードカバーの豪華本まで出している。
 攻めは若頭の黒羽周次、受けは組長の息子・木賊烈。この作品も若頭×組長の息子のパターンだが、小生意気な佳と違い、烈は家業を嫌う真面目で繊細なキャラ。そのけなげな受けがボロボロに暴行される展開で、予定調和的なお気楽さはみじんもない。なお黒羽の部下として鵙目夏彦というクールな男前が配されている。
 この作品の魅力は若頭の黒羽にある。否応なく周囲の人間を従わせるカリスマ性と暴力性、そして孤独な影。現代日本では絶滅危惧種になったクラシックな男らしさを凝縮した攻めだった。
 花郎藤子にはもう一つ『黒羽と鵙目』(7)というヤクザものがある。この作品は『禽獣の系譜』に登場する黒羽と鵙目を使ったセルフパロディー同人誌がもとになっている。
 ところで、作者が自分の作品の二次創作同人誌を出す例はめずらしくない。しかし、攻めを本篇とは別の受けとカップリングすることはまずありえない。攻めの浮気と取られるようなストーリーは嫌われるのだ。実際、ファンの反発を避けるために同人誌版『黒羽と鵙目』(8)にはこんなコメントが付いている。

「黒羽は「烈と周次」の周次とは別人であり、鵙目も同じく「青龍会」の鵙目ではありません。花郎藤子と石原理の妄想が生み出した『黒羽と鵙目でボンノーしちゃおう本』です。従って、これは「禽獣の系譜」シリーズの黒羽と鵙目の番外編ではありません」

 同人誌版『黒羽と鵙目』には、ヤクザ設定だけでなく、政界篇や水商売篇、高校生同士の設定など、さまざまな作品があった。二次創作のボンノーは無限に湧いてくるというわけだ。
 商業版『黒羽と鵙目』は、同人誌の「監禁篇」と「少年院篇」を移植し、ヤクザものらしい迫力で始まる。こちらの黒羽は組長で、すべてをブッ飛ばす最終兵器のようなスーパー攻め様だ。対する鵙目は少年院帰りだがヤクザではない。一応ヤクザ攻め×一般人受けの組み合わせになっていて、荒々しい攻めに一般人が巻き込まれ流される展開だ。

その3、若頭・兵頭の場合
 榎田尤利の『交渉人』シリーズ(9)も、ヤクザ攻め×一般人受けのカップリングで、攻めの兵頭はヤクザの若頭。受けの芽吹章は検事→弁護士→交渉人というコースをたどった苦労人だ。ストーリーは、非力でもためらわず危険に飛び込む受けの仕事中心に展開する。攻めは危機に陥った受けを助けに駆けつけ、ヤクザらしい凶暴さを発揮するのだが、この作品の魅力はそれだけではない。BLではあまり出番がない脇役の女性キャラにも生き生きとした魅力があるのだ。
 あとがきにあった担当編集様のお言葉が面白い。

「BLにおけるかっこいいヤクザは経済ヤクザです。何をしているのかいまいちわからないけど、お金持ちなヤクザなんです。風俗店の管理をしているような、地味なヤクザではないんです」

 BLプロフェッショナルだけあって、なるほど売れ筋はまさにそうなっている。ヤクザものにも王道アリ。たとえカタギの世界から逸脱しても、金持ち×貧乏人という構図からは逃れられないようだ。
 もっとも、『交渉人』シリーズの攻めは、有能な若頭なのだが、ちまちまと風俗店を管理し、乗っている車も日本を代表する大衆車カローラ。かっこいいに疑問符が付きそうだが、筆者はカローラに乗る攻めに、ちょっぴりときめいてしまった。
 そもそもこの攻めは高校の後輩で、つまり年下攻め。受けのことを常に「先輩」と呼ぶところも萌えポイントだ。強面でも語尾にはっきりハートマークが見えるのだ。どちらにしても、このシリーズの人気の秘密は、ヤクザものの王道から少々ズレた軽妙なタッチにありそうだ。

ヤクザもののスタンダード
 BLのヤクザものは、ヤクザ攻め×一般人受けがスタンダードになっている。特に受けは警察・法曹関係者が多い。社会的規範から逸脱する攻めと規範に縛られる受けという構図だ。
 ところが、一旦スタンダードが成立すれば、かならず逆転をシミュレーションし、破壊が起きるのがBLの面白さである。ヤクザものというサンクチュアリにも破壊の波が押し寄せている。

その4、若頭・辰巳の場合
『はめてやるっ!』シリーズ(10)は、多作なベテラン剛しいらの小説のなかでも、作者の思い入れが強い作品のようで、商業出版から出された作品(2013年には久しぶりに第4作が出た)以外にも、番外篇が同人誌として長く展開されている。

 この作品の魅力は、なんといっても主人公の辰巳鋭二に尽きる。
 傾正会の若頭を務める辰巳鋭二は、長身にクールな美貌、金儲けに長けた切れ者でメガネという付加価値もついている。談合を取り仕切り知事を脅すほど、知力・胆力に優れたとびっきりのヤクザである。まさに、編集様がおっしゃるような文句なくかっこいい経済ヤクザなのだ。
 しかし辰巳は受け……。
 受け❤
 ただし、受けでも辰巳は受動的ではない。若頭の地位を利用して好みの男を食いまくっている。
 対する攻めの安藤は辰巳の7歳年下の部下で消防士の息子。もともとは高校剣道部の部活に励む強く正しく優しい秩序側の人間だった。ところが家族を惨殺された事件をきっかけに、辰巳によってヤクザの世界に引きずり込まれる。
 一方辰巳は新興宗教の施設で育ち、凄惨な集団自殺の現場を生き抜いた体験を背負っている。この作品がヤクザものとして優れているのは、2人がヤクザである理由が描かれているところだ。
 一見優男の辰巳だが、絶体絶命の窮地で切る啖呵のカッコよさといったら!
 一歩遅れて駆けつけた安藤に対する台詞は、復讐が終わったら「追ってこい」……。断じて「生きてお前は幸せになってくれ」ではないところに、ヤクザものの神髄がある。互いに命を預け合う男の絆の魅力だ。

 感動的な艶シーンという意味でも、この作品はBL界屈指の作品だ。
 辰巳は一歩外に出れば、誘拐、恐喝、談合、残酷極まりない制裁など、ヤクザの悪を体現する男だが、その暴力性はベッドでの自罰に転じる。ヤクザとして生きるしかない過去の設定に説得力があるので、被虐への転換には必然性が感じられる。
 攻めの安藤との関係は、靴下の着脱まで安藤にさせる下僕扱いだが、甘えでもある。被虐の性を求める辰巳に対し、攻めの安藤は愛を込めて加虐者を演じるのだ。性の彼岸で辰巳は呟く。「一緒に…死にたい…」。つづく一連の愛の決め台詞はヤクザものでしかありえない迫力があるので、ぜひ読んでいただきたい。

その5、若頭・矢代の場合
 2015年現在、ヨネダコウの『囀る鳥は羽ばたかない』(11)が大ヒットしている。
 主人公の矢代は、真誠会若頭で金儲けに長けた経済ヤクザで真誠興業の社長。矢代も一見理想の攻めヤクザの設定だ。しかし受け。それどころか、矢代はドMで淫乱な変態……。『はめてやるっ!』の辰巳もマゾヒストだが、矢代のMっぷりはグレードが高い。男を食う辰巳と違って、矢代は周囲の男たちに犯されまくっている。どうやらBLヤクザの若頭はドMでなければ務まらなくなってきたようだ。
 そんな矢代のもとに、付き人兼用心棒として百目鬼という男がやってくる。百目鬼は寡黙で一途な元刑事。この構図は『はめてやるっ!』と同じように見える。しかし受けの設定がグレードアップしているだけではないのだ。ポイントは百目鬼が、ある理由によって矢代の誘いに応えられないところにある。この件についてはぜひ作品を読んでいただきたい。
 この作品の登場人物たちは任侠ではない。暴力団だ。893という記号でアクセスする異世界にも変化が訪れている。
 東映任侠映画のパロディーから、ヤクザ攻め×一般人受けのテンプレの成立。そして荒々しい男らしさを代表していたはずのヤクザが受けに。さらには攻め受けともに男性性に傷がついた羽ばたかない男たちの物語へ。BLは男らしさを追求しながら、男らしさの落日を見据えている。ヤクザものという男らしさのサンクチュアリも、もはや安全地帯ではないようだ。


(1)波津彬子編『兄弟仁義 らっぽり任侠版』(ペーパームーンコミックス)、新書館、1982年
(2)高橋陽一『キャプテン翼』全37巻(ジャンプ・コミックス)、集英社、1981―89年
(3)『つばさ五段活用――つばさ同人誌傑作アンソロジー』第2巻(POEBACKS)、ふゅ~じょんぷろだくと、1987年
(4)こだか和麻「ひとり咲き」「b-Boy」第6号、青磁ビブロス、1992年
(5)こだか和麻『KIZUNA――絆』(BE×BOY COMICS)、青磁ビブロス、1993年―
(6)花郎藤子『禽獣の系譜』白泉社、1992年
(7)花郎藤子『黒羽と鵙目』(花丸ノベルズ)、白泉社、1996年―
(8)花郎藤子、石原理イラスト『黒羽と鵙目』(「トランス文庫」第15巻)、トランス社、1992年―
(9)榎田尤利『交渉人』シリーズ(Shy novels)、大洋図書、2007年―
(10)剛しいら『はめてやるっ!』シリーズ(Shy novels)、大洋図書、2000年―
(11)ヨネダコウ『囀る鳥は羽ばたかない』(H&C Comics ihr HertZシリーズ)、大洋図書、2013年―

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