第5回 身代わりの花嫁――戦う少女と受け身な男

西村マリ(オタクカルチャー研究。著書に『アニパロとヤオイ』〔太田出版、2002年〕)

BLでブライダルフェア?! 男の花嫁で書店のBLコーナーが埋まった?

 男女越境の極北「花嫁もの」である。なぜかBL界には、麗しく女装して周囲を欺き、身代わりの花嫁になる男がたくさんいるのだ。BLはゲイカップルの結婚にまつわる問題も真摯に追求してきたのだが、この「花嫁もの」は「結婚もの」ではない。今回は男性サイドにも視点を向けながら、BL探検をさらに進めよう。

「花嫁もの」の不思議

 その内容はこんな感じだ。
 実家が倒産の大ピンチ! 融資先を探していたところ、ラッキーにも財閥御曹司と姉(妹)との婚約がととのった。ところが再び大ピンチ! 挙式直前に姉(妹)が失踪してしまう。仕方なくそっくりの主人公(男)が身代わりの花嫁になる……。いくら仕方ないとはいっても、なぜに男が花嫁に……。
 女装の花嫁の登場には、花婿の強引な要請があるのがほとんどだ。花婿の祖父の遺言で結婚しないと相続権を失うといった設定もよく見かける。花婿さんが本当は最初から受けに惚れていたという設定も少なくない。高遠春日の『愛される貴族の花嫁』(1)もそのパターンだ。

「幸いなことにきみは妹さんと瓜二つだ。夫であるわたしさえ黙っていれば、誰もきみと妹が入れ替わっていることなど気づくまい」

 花婿さんの滋野井伯爵家御曹司がそうおっしゃるので、高柳一葉は急死した妹の身代りになって花嫁衣装に身を包み……、結局、嫁として女装して暮らすことに……。
 財産を失った高柳子爵家は存亡の危機にあり、大金持ちの滋野井家の援助なしにはお先真っ暗。よくある話だが、一葉は泣く泣く家のために嫁(?)にいくのだ。
 よくある話とも「気づくまい」とも思えないが、レトロな貴族社会ならアリなのだろうか。この作品は人気がありドラマCD(2)化されている。

BL内男性サイド――BLCD

 ところで女性向けジャンルであるBLには、実は男性たちが担っている部門もある。BLCDだ。演技派の人気男性声優たちがこぞって出演し、3,000枚超という量もすごいが、質的にも優れたエンターテインメントとなっている。熱狂的な海外のファンも多く、BL作品を検索すると中国語のブログが真っ先に現れる。萌えに導かれ日本語をマスター? オタクカルチャーの影響力は偉大だ。
 それはさておき、受けを演じた福山潤の演技力のおかげだろうか、一葉のけなげで可憐な様子がすんなり伝わってくる。声優の有無を言わさぬ存在感が、作品のリアリティーを強めているようだ。
 しかし「花嫁もの」には、声優の存在感だけではカバーできそうにない設定もある。男なのに身代わりの花嫁になって、花婿さんを騙そうとするパターンがあるのだ。
 それってムリ!、絶対バレる……初夜に……。だいいち、そんなことをしたら逆効果になって花婿大激怒! 融資どころか法的にもマズイことになる!
 それなのに……生理だと言い訳して初夜をスルーできたと思ったら、かえって大変なことになったり、ついついトイレの便座を上げたままにして、バレてしまったり……(3)。不思議設定も、ここまで徹底してくだされば、かなり楽しい。
 BLCDに戻ろう。BLCDには男性声優たちの作品に対する解釈が反映され、結果的にBL界へのフィードバックとなっている。出演者たちのフリートークで語られるあれこれも興味深い。
 ときには声優の発言からCDの企画が進んだり、新たな作品が書かれることもある。崎谷はるひの『不埒なスペクトル』(4)は逆転逸脱のBLとしてもおもしろい作品だが、前作に出演した杉田智和のコメントから生まれたスピンオフだったそうだ。
『愛される貴族の花嫁』のフリートークでも、「花嫁」をめぐって声優たちが大いに盛り上がっている。
 とくに主演の福山潤は、200枚超のBLCDに出演しているのだが、「花嫁役というのは、できないですよね」「もしかしたらこれが最初で最後かもしれないですよね」「この『愛される貴族の花嫁』、タイトルと一葉君は、絶~対!一生忘れません!」などと興奮ぎみだ。
 どうやら男性声優たちも、花嫁は特別なものだと思っているようだ。司会を務めるベテラン堀内賢雄も、終始朗らかに笑いながら語っている。「花嫁になった福山を想像しちゃうのよ」「不思議だよね、花嫁衣装を着るっていうねえ、発想はない、女装はするけど」
 声優イベントでの女装はもはや定番化されているが、考えてみれば、女装とは一時的なもので、基本的に男性として生活するという前提がある。しかし「花嫁もの」は、最終的に男に戻るエンディングが多いものの、入れ替わったまま女として生きる場合もある。もはや究極の男女越境シミュレーションとしか思えない。

 さて、ハンドルをさらに切って、BLに並走してきた男性サイドのライトノベルをチェックしてみよう。

戦う少女と受け身な男

 BLの夜明け1989年、『スレイヤーズ』(5)が登場した。ラノベ(6)はここから始まったと特別視される作品である。
 主人公のリナ・インバースは天才魔道士にして最強の剣士。見た目は小柄でキュートな女の子だが、めちゃくちゃ凶暴で「盗賊殺し」「食べて暴れる混沌の化身」など、とんでもない通り名を山ほどもっている。孫悟空タイプ? リナのような自分の欲望に忠実なブッ飛んだ主人公は昔からめずらしくない。ただし少女ではなく少年だ。
 それにしてもヒロインは、王子様に守られ救出されるものではなかったっけ(7)? シンデレラ、白雪姫、眠り姫。もっとも、守られ救出されるお姫様は、ディズニーが広めたイメージだったのだろうか。
『スレイヤーズ』に先行して『聖エルザクルセイダーズ』(8)という作品がある。山中智省によれば、パソコンゲーム誌の「ミステリー・ゲームを少女を主人公にしてやってみないか」という提案から始まったという(9)。つまり男女の役割の置き換えだった。
「頭が良くて美人、チビでうるさいやつ、でかくて強いベランメエ、そしてごく普通の女の子」。紅一点のステレオタイプなヒロインだけではなく、さまざまなタイプの女の子がいて、それぞれの能力を生かして活躍する。このようなキャラクター配置は、いまでは一般化している。
 戦う女の子の系譜には今回はふれないが、流れが明らかになったのは『セーラームーン』だろうか。戦隊ものを男女逆転したかのようなこの作品に、女子だけでなく男子も夢中になった。そして1995年、『エヴァンゲリオン』が社会現象といわれるほどのブームを巻き起こした。これらの作品にふれながら育った世代にとって、もはや女の子は戦う側であって守られる者ではない。
 花嫁ものに戻ろう。攻めと受けの力の差が非常に大きい「花嫁もの」は、王道の強化バージョンであり、「アラブもの」同様、小説主体の流行だったのだが、花嫁の不思議には続きがある。
 例によってマンガにはいろいろおもしろい花嫁さんがいるのだが、2005年、『嫁に来ないか』(10)という衝撃的な花嫁ものが登場した。艶成分たっぷりのギャグを得意とする新也美樹の作品である。
「嫁さんが欲しい」「30男が家で独り コンビニ弁当を食う 空虚(むな)しさったら…… 家事が得意で いつも笑顔で俺を 迎えてくれる そんな嫁が 俺は欲しい!」。そうつぶやいた池崎敬吾のもとに、ピンポーンと嫁さんがやってきた……。
「小早川一美と 申します 不束者では ございますが どうぞよろしく お願いいたします」
 レジデンス寿201号室の狭い玄関を占領して三つ指ついたこの男、実は敬吾が勤める会社の御曹司にして支社長だったのだが、なんと子どものころから「僕の夢は“お嫁さん”になることでした」…らしい…。
 会社ではバリバリ仕事をこなし、家事にもいっさい手を抜かず、旦那の愚痴まで優しく受け止めてくれる理想の嫁。そのうえ新婚の定番(?)は○かエプロンまで披露し、「夜の「性」活」もしっかりリードしてくれる…?…?…?
「勃たぬなら 勃たせてみせます ホトトギス!」。そう、この嫁は攻め嫁だったのだ。

攻め嫁とは?

 もちろんこの作品はギャグだ。「花嫁願望」を除けば、この「攻め嫁」はステレオタイプな王道のスーパー攻め様そのものだ。つまり王道を逆転するシミュレーションとして出てきた一発ネタともいえる。しかしあまりのインパクトに一挙に「攻め嫁」というカテゴリーが成立。その後、呉服屋の嫁、農家の嫁、漁師の嫁とシリーズ化されているだけでなく、ドラマCD(11)にもなっている。
 妙な攻め嫁に子安武人、うっかり流され、ほだされてしまう受け旦那に森川智之、そしてナレーション(ツッコミ)兼隣人役に杉田智和という豪華なキャスティングで、笑いと癒しの傑作となっている。お疲れぎみのあなたにぜひお勧めしたい。
 ところで森川はトム・クルーズの吹き替えから『シャーロック』(12)のワトソン、『LINETOWN』(13)のムーンやパンダママまでこなす、日本声優界きっての演技派である。BL界では出演作なんと500枚超! BLの帝王と呼ばれてリスペクトされている。対する子安武人も、300枚超のBLに出演している大ベテランである。
 ところが収録にあたって、このウルトラ級のベテラン2人が大困惑。はじまって2時間くらいは、「どこに終着点が?」「どこにいけば?」と悩んだらしい。攻めも受けもこなし、あらゆるタイプのBLを内側から体験している帝王まで、「ひさしぶりに困ったぞ、みたいな」と発言している。
 やはり「攻め嫁」はファーストインパクトだったようだ。
 加えてこのフリートークには筆者にとって目からウロコの視点があった。「どうですか敬吾は?」という問いかけに対し、帝王曰く、「ものすごく寛容ですよね」「部屋をきれいにして、おいしい料理を作ってくれれば、別に男女関係なかったっていう」。子安武人も「男でも許せる許容範囲が、あるんだよね」と同意。「そうです。あるんです」と確認しあっている。杉田智和も、ありえない嫁を受け止めるフラットな立ち位置について語っている。
 嫁が男でも女でも関係ない。花嫁嫁衣裳ならぬはだ○エプロンをまとうスーパー攻め様。攻め嫁が魚屋の店先で今晩のおかずのサンマを値切り、女の子が最強の戦士として活躍する。
 BLは性的に受け身な男を、ラノベ男性サイドは戦う少女たちをプッシュしてきた。いったん同性を棚上げにし、ステレオタイプな異性像をひっくり返す。そんなジャンルが同時的に登場したのである。そして異性像が変われば、結果的に同性像も変わり、自分も変化するのだ。


(1)遠野春日『愛される貴族の花嫁』(SHYノベルス)、大洋図書、2004年
(2)『愛される貴族の花嫁』インターコミュニケーションズ、2004年
(3)矢城米花『はめられた花嫁』(二見シャレード文庫)、二見書房、2009年
(4)崎谷はるひ『不埒なスペクトル』(ダリア文庫)、フロンティアワークス、2009年
CD:『不埒なスペクトル』(ダリアCD)、フロンティアワークス、2011年
(5)神坂一『スレイヤーズ!』(富士見ファンタジア文庫)、富士見書房、1990年―。初出「ドラゴンマガジン」1989年、富士見書房
(6)ラノベは1990年初め「ライトノベル」と名付けられた小説のジャンル。現在、ライトノベルには女性向けもあれば、BL小説をライトノベルに含めることもある。
(7)シンデレラ、白雪姫、眠り姫を世界に向けてリリースしたディズニーアニメも変わってきた。『アナと雪の女王』(監督:クリス・バック/ジェニファー・リー、制作:ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオズ、2013年)など。
(8)松枝蔵人『聖エルザクルセイダーズ集結!』(角川スニーカー文庫)、角川書店、1988年―。初出はゲーム誌「コンプティーク」角川書店、1987年
(9)山中智省「ライトノベル史再考――『聖エルザクルセイダーズ』に見る黎明期の様相から」、一柳廣孝/久米依子編著『ライトノベル・スタディーズ』所収、青弓社、2013年
(10)新也美樹『嫁に来ないか』(GUSH COMICS)、海王社、2006年
(11)『嫁に来ないか』インターコミュニケーションズ、2007年
(12)『シャーロック』イギリス放送協会、2010年―
(13)『LINETOWN』テレビ東京系、2013―14年

Copyright Mari Nishimura
本ウェブサイトの全部あるいは一部を引用するさいは著作権法に基づいて出典(URL)を明記してください。
商業用に無断でコピー・利用・流用することは禁止します。商業用に利用する場合は、著作権者と青弓社の許諾が必要です。

カテゴリー: ボーイズラブは楽しい!――やおい/ヤオイ/YAOIのいま, 連載   パーマリンク