第4回 アラブのプリンスはどこへ行く――BLは重層構造

西村マリ(オタクカルチャー研究。著書に『アニパロとヤオイ』〔太田出版、2002年〕)

 BLは最初に述べたように「男同士のラブストーリー」という大枠のなかで、シリアスな純愛から、しゃれたタッチのラブコメ、ドタバタギャグまでお好み次第。現代日本のリアル感がある作品から、時代もの、ファンタジー、ミステリーと様々なカテゴリーがそろった網羅的なジャンルである。

 またヤクザもの、花嫁もの、遊郭もの、アラブものといったカテゴリーもある。ヤクザものはともかく、男同士なのに花嫁ってどういうこと? 遊郭って何? なぜにアラブ? と疑問に思う方もいらっしゃるだろう。しかしこれらは実際BL界で大いに人気を集めている。

 ある作品がヒットすれば、それを盛り上げ便乗しようとする動きが生まれるものだ。BL界では小説にそんな流行がはっきり表れることがある。なかでも花嫁ものやアラブものの動きはおもしろい。今回はアラブものを取り上げ、まずは典型的な内容をみてみよう。

 受け(日本人の青年)はアラブのプリンスに一方的に見初められ拉致される。目覚めればゴージャスでアラビアンな空間が広がっている。攻めの王宮での監禁生活の始まりだ。さすがロイヤル、拘束するにも足枷はゴールドだし、色とりどりのビジューが特盛りの豪華版だ。夜な夜な王家秘蔵のお道具やお薬などで接待(?)されるのだが、受けはハーレムな日常を良しとせず脱走を試みる。しかしなんといっても周囲は広大な砂漠、政治がらみの謀略も絡んで絶体絶命の大ピンチ! もちろんきわどいところで白馬の王子様ならぬラクダのプリンスが駆けつけるのがお約束だ。この救出シーンは、受けを抱きしめる攻めの腕が震えていたり、萌えも特盛りの山場なので、さすがに反発していた受けもほだされて、王宮での日常にもほのぼのとした空気が漂い始める。それもつかの間、今度は攻めに暗殺の危機が迫る。思わず攻めを助ける受け。攻めを愛していることを認める受け。最終的に周囲も受けの功績を評価してハッピーエンド。めでたしめでたし。

 ワンパターンな展開だが、起承転結がはっきりしていて、きっちり決まると『水戸黄門』的なカタルシスがある。極端な攻め優位×受け劣位の構図になっていて、王道の強化バージョンといったところだろう。まさに王家秘蔵のお薬でドーピングしたかのようだ。

 攻めは架空のアラビアンな国のプリンスだが、受けはどんなタイプだろうか? 石油関係の会社で働くリーマンから、砂漠の遺跡を調査する考古学者やカメラマンなど、現場関係の受け人材もいるけれど、日本で出会って自家用ジェットでお持ち帰り……というのがセールスポイントなので、警視庁勤務のSPからヤクザまで、職業による差別(?)はないようだ。

 BLヒエラルキー的にはアラブは絶対に攻めでなければならない。たとえ龍の刺青を背負った極道でも、石油で世界を牛耳るアラブのプリンスには押し倒されるしかないのだ。

 それにしても本当にハッピーエンドなのかと少々心配だ。結婚エンドのハーレクインでも王宮生活は気苦労が多そうなのに、男同士という壁が付きまとうわけだし、なにより攻めと受けの格差が大きすぎる。とはいえBLのシンデレラは職業人。観光の窓口となったり、何らかのプロジェクトを担ったりと、スキルを磨くのを怠らないようなので、心配する必要はないようだ。

アラブのプリンスはどこから来たのか?――ハーレクインという異世界

 ところでアラブものは20世紀BLではあまり見かけなかった。ブレイクの口火を切ったのは、いとう由貴の『砂漠シリーズ』(1)が出始めた2002年あたりだろうか。

 アラブものとしてドッと発行されるようになったのは、橘かおるの『灼熱シリーズ』(2)が出た2004―05年頃。王道の隆盛が一段落し、進化系と呼ばれる日常的なタイプのBLマンガがはやり始めた時期だった。アラブものとは、王道好きの読者たちが攻めのヘタレ化を物足りなく思っていたところへきた反動だったのかもしれない。

 ところでブレイクに先駆けてアラブをプッシュした作家がいる。現在全20巻を超す大作『FLESH&BLOOD』(3)刊行中の松岡なつきだ。達者なストーリーテリングでBL小説界をリードする松岡には『暁の瞳 ランウェイボーイズ1』(4)というアラブものがある。そのあとがきが興味深い。

松岡は「男と男のハーレクイン」を書きたい女。そしてハーレクインと言えば、絶対に避けては通れないのが「アラブもの」です(笑)。

 そう、アラブのプリンスはハーレクイン界からやってきたのだった。

 ハーレクインには昔から「シークとの恋」と呼ばれる人気のテーマがあり、その起源はルドルフ・ヴァレンティノ主演のサイレント映画『シーク』(監督:ジョージ・メルフォード、1921年)までたどれるそうだ。ちなみに「シークとの恋」では、王家秘伝のお薬や、王子が花嫁と初夜を迎える秘密の洞窟といった色っぽい設定がお約束になっている。そもそもお約束満載の典型的話型をもっていることがハーレクインの特徴である。

 ところで松岡には、BL界の成立以前に『鎧伝サムライトルーパー』(名古屋テレビ/テレビ朝日系、1988―89年、以下、『トルーパー』と略記)のパロディーとして書いたアラブものの作品がある。二次創作の歴史のなかでも史上最大の一極型ブレイクだった『トルーパー』。その頂点に立つ人気サークルから出されたこの本の影響力は、相当なものだったに違いない。

 松岡には、1993年の『深紅の誓い』(5)から、最近新装版が刊行された『流沙の記憶』(6)まで、『トルーパー』パロとして書かれ、その後キャラの名を変えてBLとして出された作品がたくさんある。BLは同人界、とりわけ二次創作同人界の人材を集めてスタートしたジャンルである。現在でも商業BLで活躍するかたわら同人誌を出している作家は少なくない。

アラブのプリンスはどこへ行く?

 ところでアラブもののテンプレ展開をゆる~く楽しむのもいいのだが、そこに収まらないのがBLである。一粒の砂も出てこない東京砂漠を舞台にした作品もあるし、なんとアラブのプリンスが受けに回る作品もある。BLの新たな王道をいくアラビアンロイヤルも、逆転逸脱から逃れることはできないようだ。

 童貞のプリンス……もいる。ハーレムがあるはずなのに「殿下、いままでなにをやっていたんですか?」と受けに言われてしまうプリンス……。アラブものといったら、元祖ハーレクインでも上級テクがお約束なのに、「下手、なんて言葉では表現できないほど、とんでもなかった!」らしい……(7)。

 樹生かなめのこの作品は、全20巻を超える『龍&Dr.シリーズ』の一編だ。シリーズ化するとマンネリを避けるために逆転逸脱が起きやすくなるようだ。典型的なアラブもの中心の『灼熱シリーズ』にも、逆転のプリンス受けがある。

アラブもの小説vsアラブものマンガ

 さて、ここまで語ってきたアラブものは全部小説である。最近ではマンガでもアラブものを見かけるようになったが、アラブものが小説における流行だということは確かだ。

 というよりBLで、アラブもの、花嫁もの、遊郭ものなど、まとまった流行が起こるのはなぜか小説界である。一冊一作品が原則の小説は、出版サイドが仕掛けて流行を盛り上げやすいのかもしれないし、別の理由があるのかもしれない。BLという枠のなかでマンガと小説の比較をしたらおもしろそうだ。

 BLマンガでは、昔から流行の兆しをつかんで特集するテーマアンソロジーが盛んに出されてきた。そのテーマをたどると流行の変遷がよくわかるのだが、「b-Boy Phoenix」のアラブ特集(8)が出たのは2008年。アラブもの小説のブレイクからかなり遅れている。ちなみにこのアラブ特集には、ヤマシタトモコがシリアスなレジスタンスものというすばらしく浮きまくった(褒め言葉)短篇(9)を描いている。

 アラブものマンガは少ないのだが印象的な作品もある。山中ヒコの『王子と小鳥』(10)は、濃厚さが売りのアラブものに分類するのはためらわれるほどピュアな作品だ。ちなみにカップリングは逆転のプリンス受け。

 アラブものをネタ化したマンガもおもしろい。

 高井戸あけみの『王子が愛したスパイ』(11)では、殿堂入りメガネ受けの三木くんが、アラブの王子様に見初められる。この話のどこがおもしろいかと言えば、ハーレムへの拉致監禁にふれる個所があることだ。ちょっぴり本気の入った王子のお言葉に対し、クールな三木くんは「略奪は犯罪です。人の場合は誘拐といって国外に移送すると2年以上の懲役刑になります」と突っ込んでいる。額に交差点マークを浮かべた三木くん、かなり機嫌が悪そうだ。

 そもそも一発ネタ勝負の短篇が多いマンガには、本当に様々な作品がある。お約束を逆手に取って、思い切ったシミュレーションをするネタ扱いは、マンガならではだ。最近ではコスプレして受けてくださるアラブのプリンス(12)までいらっしゃる。ちなみに三木くんに惚れたプリンスはバリバリのオタク。メイドカフェに行きたがるくらいだから絶対コスプレも好きに違いない。

 このようにアラブもののケースからもわかるように、テンプレを絞り込むBL小説と、逆転逸脱が起きやすいBLマンガ。この両者の関係も興味深いが、BL界にはその他にもドラマCD、アニメ、ゲームといった異なるメディアがそろっている。それらが独自の動きをもちながら互いに影響しあって、BLというダイナミックな潮流を形成している。

 そして忘れてはならないのは同人界とのつながりだ。アラブものはハーレクインからインポートされたジャンルだが、途中で同人界を経由している。もともとBLの王道は同人界ではハーレクイン本と呼ばれていたのだ。BLにとって今も昔も同人界は苗床である。

 ハーレクインから、ロマンス説の典型的話型から遠く離れて……、BLのシミュレーションはどこへいくのだろうか。


(1)いとう由貴『月と砂漠の眠る夜 砂漠シリーズ』(Chocolat novels hyper)、心交社、2002年
(2)橘かおる『灼熱の夜に抱かれて 灼熱シリーズ』(プラチナ文庫)、プランタン出版、2004年
(3)松岡なつき『FLESH & BLOOD』(〔キャラ文庫〕、徳間書店、2001年、以降、第21巻〔2013年〕まで刊行)、海賊オタクの日本人学生が、大航海時代にタイムスリップする海洋冒険ロマン。福山潤主演のドラマCDも傑作なので、男同士のラブシーンに抵抗がある方にもおススメの作品。
(4)松岡なつき『暁の瞳 ランウェイボーイズ1』(角川ルビー文庫)、角川書店、1995年
(5)松岡なつき『深紅の誓い』白夜書房、1993年
(6)松岡なつき『流沙の記憶』(キャラ文庫)、徳間書店、2014年(初版:白夜書房、1994年)
(7)樹生かなめ『龍の兄弟、Dr.の同志 龍&Dr.シリーズ』(講談社X文庫――White heart)、講談社、2009年
(8)「b-Boy Phoenix」第12号、リブレ出版、2008年
(9)ヤマシタトモコ「ザ・ターコイズ・モーニング」『薔薇の瞳は爆弾』リブレ出版、2008年
(10)山中ヒコ『王子と小鳥』(花音コミックス Cita Citaシリーズ)、芳文社、2009年
(11)高井戸あけみ『王子が愛したスパイ』(〔花音コミックス〕、芳文社、2009年)、男子寮ものマンガの傑作、同『ブレックファースト・クラブ』(〔花音コミックス〕、芳文社、2001年)の後日談
(12)桜日梯子『年下彼氏の恋愛管理癖』(バンブーコミックス Qpaコレクション)、竹書房、2013年

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