第3回 執事とメイド、そしてメガネ――逆転と逸脱のBL

西村マリ(オタクカルチャー研究。著書に『アニパロとヤオイ』〔太田出版、2002年〕)

 どんな世界にも専門用語がある。オタクカルチャーにも、萌え要素、萌え属性などと呼ばれているキーワードがたくさんある。

 メイド、ネコミミ、巫女、メガネっ娘、アホ毛、妹萌え……。

 妹萌えは兄との関係にスポットが当たるので少々毛色が違うが、その他はお好み次第、ランダムに並んだ色とりどりのタグのようだ。

 しかし考えてみるとメイドはご主人様の一家からはみ出した存在だし、ネコミミは人ではないがネコでもない。巫女は人と神の間をつなぐ越境的な存在である。メガネっ娘はというと、レンズの向こうから人間関係を観察する委員長か、逆に周りがよく見えず、すぐコケるドジッ子。どちらにしてもスタンダードではない。

 髪形も重要な表象だが、頭の上にピョコンと立った妙な髪の毛をアホ毛と呼ぶ。天然キャラが多いが、情報収集能力に優れているケースも少なくない。触覚なのかアンテナなのか、もしかしたらアホ毛で異界からのメッセージを受信しているのかもしれない。

 こうしてみると人気の萌え属性には、どうやら境界上の存在という共通点がありそうだ。どちらへいくかわからない可能性を秘めた危うさに魅力があるのだろうか。

 ではBLのキーワードを見てみよう。これは何かの暗号か?、と言いたくなるような文字が並んでいる。

メガネ、執事、ケモミミ、白衣、アラブ、花嫁、遊郭、893、王道、下克上、人外
孔雀攻め、鬼畜攻め、年下攻め、ヘタレ攻め、ワンコ攻め、乙女攻め、
健気受け、ヤンチャ受け、オヤジ受け、ヒゲ受け、誘い受け、襲い受け、男前受け、
攻め×攻め、リバーシブル……

 チラリと見れば、語尾に攻め受けが付いたものが多いことがわかるだろう。このようにBLでは常に攻めと受けの関係性にポイントがあるのだが、まずは男性サイドに共通する執事(≒メイド)とメガネを取り上げることにしよう。

執事は攻める?受ける?

 メイドは健気なドジッ娘が多いようだが、執事は忠実であるだけでなく基本的に有能な実務家である。

 BL界きってのストーリーテラー榎田尤利の小説『執事の特権』(1)は、体育会系で面倒見がいい主人公が製薬会社に就職し、なぜか御曹司の執事として修業する羽目になるところから始まる。

「私に触れたら殺す。」……。初対面だというのに、あんまりなご主人様のお言葉に、あっけにとられる新米執事。このご主人様は片っ端から使用人をクビにし続けている難物中の難物だった。有能だが屋敷に閉じこもりメールで会社経営の仕事をこなすご主人様。彼は繰り返し手を洗わずにはいられない強迫性障害に苦しんでいる。心に傷を抱えているのだ。    

 2人の関係がラブにまで育つ過程を主軸に、会社乗っ取りの陰謀を絡めた展開はスリリングなだけでなくホロッとする。カップリングは執事攻め×ご主人様受けの下克上となっている。

 最終的に、ご主人様は執事の協力によって不正を断ち、強迫性障害も克服する。外部の敵にも内面的な敵にも打ち勝つのだが、攻めに受容されることによって受けが救済されるトラウマものと言ってもいいだろう。この作品は、2人とも人間的にも職業的にもステップアップを果たす成長物語になっていて、とても後味がいい。

攻め執事+メガネ=最強攻め執事

 執事ものマンガも紹介しよう。現在ジャンル横断的に活躍中のよしながふみは、BL界スタート前から同人界で活躍してきたマンガ家である。

 今回取り上げる『執事の分際』(2)の舞台はフランス革命期、かつて『ベルばら』(3)の二次創作を手がけていたよしながの原点に連なる設定だ。まさに逆転にふさわしいステージである。

 没落する名門貴族と東洋の血を引く苦労人の執事。この執事はメガネ装着ずみの最強執事である。ワガママ若様を冷たく厳しくあしらいながら、陰では山積みの難事への対応に奔走している。もちろん本当は若様を熱愛しているのだ。

 ポイントはメガネ。考えてみれば当時のメガネは大変に希少なものだったはずだ。しかしこの執事の裏表がある性格と、冷静かつ有能な攻めらしさを視覚化するためには、メガネは絶対必要なアイテムである。

 とはいえBLのメガネ萌えとメガネっ娘萌えは近いようで遠い。たとえキーワード自体に攻め受けが付いていなくても、BLでは常にそのキャラが攻めか受けかが問題になる。

 メガネ攻めなら、キラ~~ンとレンズが光って相手を観察する冷静有能なキャラ。『執事の分際』の執事のように、ちょっとSが入ったメガネ攻めが、ヤンチャな受けをいじり倒すパターンが多いのだが、メガネ攻めの相手には体育会系な受けも面白い。体力と勢いで勝負する男っぽい男を、策略で押し倒すバトルは読み応えがある。

 メガネ受けの場合は、オドオドとレンズの陰に隠れようとする内気なキャラや、風紀委員長タイプのクールな美人、メガネに白衣をプラスした理科系の専門バカもいる。どちらにしてもメガネは他人との間を遮るフィルターだ。

 そんな受けメガネさんを愛する攻めは、どんなタイプがいいだろう。オドオドタイプに自信満々な大人の男を組み合わせれば「王道」ものになる。飼い犬のごとく忠実な「ワンコ攻め」とのカップリングはホノボノして癒されそうだ。風紀委員長タイプはぜひワイルドな「年下攻め」に押し倒してもらいたい。では専門バカメガネにはどんな相手が合うだろうか。
 こんなふうに「執事」や「メガネ」を「お題」として扱い、あらたな物語の展開にチャレンジするのがBL道というものだ。だから執事もメガネも白衣もフェチな感じはほとんどない。

 境界上にあること自体に萌えるのがメイドだとしたら、BLの執事は主従を逆転することに面白さがある。

 ところで上記の2作品ともベッドで逆転する下克上ものだが、有能な従者が若く美しいご主人様を組み伏せるケースは、男らしさを重んじる人にも抵抗が少ないのではないだろうか。力ある「男らしい」男が、地位や身分を下克上して攻めとなるのは必然と思えるからだ。この時点では、「男らしい攻め×男らしくない受け」という構図は揺らいでいない(4)。

逆転と逸脱のBL――BLは進化する

 引き続き逆転と逸脱について語っていこう。

 甘ったれで従順なワンコタイプやダメダメのヘタレ男が攻め? えっ?乙女のような男が攻め? オヤジが受け? ヒゲ男が受け? 王道を好むBL読者からイヤ~~という声が聞こえてきそうだ。 

 しかし「ワンコ攻め」「ヘタレ攻め」「乙女攻め」「おやじ受け」「ヒゲ受け」というカテゴリーがあるのだ。というより、王道から逸脱したタイプの作品が大いに人気を集めた結果、新カテゴリーとしてめでたく成立したのである。

 これら逆転逸脱のカテゴリーが満載されたBL進化系と呼ばれるマンガを取り上げよう。進化系は現在主流になっている。

 ヤマシタトモコは、このところ女性誌や青年誌でも大ヒットを飛ばしている注目のマンガ家だが、かつて『ONE PIECE』(5)の二次創作同人誌で人気を博し、いまに続くBL進化系マンガの流れを作った立役者の一人である。

 2007年の『くいもの処明楽』(6)は、進化系BLのメルクマールとなる作品だ。32歳の居酒屋店長が6歳下のバイト青年に迫られる話なのだが、その攻めがじんわり暗め……。そのうえ店長はこぎれいな年上の人……ではなく、オヤジというか……薄らヒゲまで生やしている。キャラ設定から「王道」のステレオタイプとはまったく違う。

 そもそもヒゲは大人の男の印である。オヤジ&ヒゲ……。大人の男のサインをダブルで受けにぶち込んだ結果、「男らしい攻め×男らしくない受け」という大前提が空中分解。さすが進化系、単に王道の構図を逆転しただけではない。

 ありふれた日常を切り取る斬新な切り口と「王道」を超えたカップリング。進化系はステレオタイプな「王道」がデフォルトだったはずのBLに丸ごと初期化をかけたようだ。ちなみにこの作品には、金持ちもセレブも華奢な美青年も出てこない。

 さて、キーワードに戻ろう。「誘い受け」「襲い受け」とは何か。

 従来「王道」BLでは、攻め受けの役割分担がはっきりしている。とりわけベッドでリードするのは攻めオンリー、受けは流され押し倒されて一方的に感じさせられるだけ。

 しかしデフォルトがあれば、必ず逆転逸脱がシミュレーションされるのがBLである。ノリノリで自ら誘って受ける「誘い受け」や、さらにグレードアップし、攻めを押し倒して乗っかる「襲い受け」が増えている。それだけでなく、エネルギッシュな刑事とか強面のヤクザとか、「男らしい」男がベッドで受け身に回る「男前受け」も当たり前になってきた。

 このように、BLのキーワードは、キャラの特質を細分化する「健気受け」だの「ヤンチャ受け」だのといった分類だけでなく、「王道」を軸として、逆転したものや逸脱したものが次々とカテゴライズされてきた。その結果、BLはいわばカテゴリーの体系となっている。BL界には、カテゴリーの体系という地図があるのだ。

 作者も編集者も、そして読者もカテゴリーを意識している。実際作品を読むたびに、読者の内側でBLの体系が起動する。その体系を参照しながら、「へえ……この受けは一見よくある健気受けのようだけど、ちょっぴり誘い受け?」などと、微妙な差異を感じ取ってはワクワクする。楽しみの深さは蓄えたBL力次第。BLは読めば読むほど面白くなってくる。

 カテゴリーの体系はBLという冒険の軌跡である。「ヘタレ攻め」や「乙女攻め」といった「男らしさ」から逸脱した攻め。そしてオヤジやヒゲといった大人の男のサインを投入された受け。さらには攻めより男らしい「男前受け」。BLの体系は「王道」から逆転逸脱しようとする物語によって拡大しつつある。そしてそれはステレオタイプな男らしさを解体する方向性をもっている。
 
 この後も、「アラブ」や「花嫁」といった不思議なBL内ジャンルや、同人誌やラノベとの比較などを取り上げていくので、お楽しみに。


(1)榎田尤利『執事の特権』(Shy novels)、大洋図書、2006年
(2)よしながふみ『執事の分際』 (白泉社文庫) 、白泉社、2005年(初出:『本当に、やさしい。』〔Super be-boy comics〕、青磁ビブロス、1997年)
(3)池田理代子『ベルサイユのばら』全10巻(マーガレット・コミックス)、集英社、1972―76年
(4)付け加えておくが、榎田尤利もよしながふみも、この構図が揺らぐような作品も書いている。
(5)尾田栄一郎『ONE PIECE』(ジャンプ・コミックス) 、集英社、1997年(以降、第73巻〔2014年〕まで刊行)
(6)ヤマシタトモコ『くいもの処明楽』(MARBLE COMICS) 、東京漫画社、2007年

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