第2回 BLには王道がある――シンデレラは職業人

西村マリ(オタクカルチャー研究。著書に『アニパロとヤオイ』〔太田出版、2002年〕)

 
BLには王道がある

 なんでもアリ! 現在BL界は、「BLは○○だ!」とワンフレーズでは語れない混沌とした状態になっている。

 もっとも混沌は、このジャンルのスタートからの特徴だった。しかし多数の出版社がBLにドッと参入した世紀の変わり目のころは、「王道」と呼ばれるワンパターンな作品であふれ返っていた。それは駅前の大型書店に特設リングが設けられ、女性たちが好みの本をめぐってバトルを繰り広げるほどの勢いだった。

 では「王道」とはどんな感じだろうか。カバーを見れば、どちらが攻めか受けか一目瞭然。攻めは堂々とした体格の美形で基本は年上黒髪短髪。対する受けは色白で華奢な体格に淡色のやわらかい髪、もちろん攻めより背が低い。表紙だけなら男女のロマンスものに見えなくもない。

 年上で、金持ちで、地位のある攻めと、恵まれない受け男子。このような格差が激しい2人の間に生まれるロマンスとは? 早い話がハーレクインタイプのシンデレラストーリーだ。さかのぼればジェイン・オースティンの『自負と偏見』に至るロマンスの典型が、BLのブレイクを後押ししただけでなく、現在も「王道」デフォルトとして共有されている。

 BL界を構成する様々なカテゴリーやキーワードも「王道」を軸に展開しているので、まずは「王道」をしっかり押さえておこう。

 しばしばテンプレと揶揄されがちな「王道」なのだが、とりわけ攻めのキャラ設定には、お決まりのパターンがある。

攻めはステレオタイプ

 偉丈夫とか美丈夫といった死語(?)が似合う堂々とした美形で、名家出身の御曹司。基本的に完全無欠の王子様なのだが、おとなしく家を継ぐのではなく、海外展開を図ったり、新しい事業を興したりと、能動的で戦闘を好むタイプである。学園ものなら生徒会長、芸能界ならトップアイドル、いずれにしても人の上に立つ人間でなければならない。性格は強引というか唯我独尊、「俺様」というキーワードもある。いわゆる「男らしさ」の理想像といったところだろうか。

 性格や行動パターンだけでなく、ネーミングにもお約束がある。攻めは「○○院」「○○寺」といった、いかにも名家風な名字が多い。名前からしてゴージャスで偉そうなのだ。

 累計400万部の売り上げを誇る、BL界屈指の長篇小説『フジミシリーズ』(1)の攻めの名は桐ノ院圭。天才的な指揮者で実家は銀行業と、有力かつ由緒正しいお家柄。背景も実力も非の打ちどころがない王道の攻め様だ。身長はなんと192センチ! 対する受けは、バイオリニストへの夢に挫折した音楽教師で、町のオーケストラでバイオリンを弾いている。名前は守村悠季。名字からして守りに入っているではないか。

 攻め様は名字だけでなく名もすごい。“皇”(2)などといったおそれ多いお名前も珍しくないのだ。しかもこの攻めの名字は久遠寺と、いかにも由緒ありげなのに対し、受けは本田雪彦さん。ごくフツーの名字プラス、儚くとけてしまいそうな雪彦さん……。仕事はできるが、出自その他、なにかと苦労の多いお人である。

 しかしこれくらいでメゲたら負け! デジタルBL界には、ありがたくも栗栖神(3)という攻め様もいらっしゃる。

 とはいえ筆者も“獅子帝王”(4)には、のけぞった。受けはというと“高円寺馨”クン。一般に受けの名はユニセックスな感じで、いずみ、しのぶといった優しげな名前が多いのだが、「馨」も字面はゴツイが読みは「かおる」だから、王道セオリーからはずれていない。しかし苗字は「もしかしたら攻めかも?」の○○寺である。とはいえ、どこでも誰でも乗り降りできる中央線だから、やっぱり受け!

 もっとも王道ネーミングでも、『美男の殿堂』(5)のように集団で押し寄せるとギャグになる。殿下、御前、将軍、太夫、伯爵、姫、そして帝……(ニックネーム、一部本物?含む)。このように、必ずデフォルトを逆手に取った作品が現れるところがBLのおもしろさである。

 さて、王道の攻め様のお住まいはというと、実家は立派な和風建築だが、億ションの最上階がお約束。下界を睥睨する権力者のポジションだ。巨大な窓にバーコーナー付きの広大なリビングルーム。そして1人住まいなのにキングサイズベッド! 重要エッチスポットのバスルームも豪華極まりない。

 入浴後にはパンツ一丁でウロウロしたりしないで、くつろぎタイムもゆったりとバスローブまとって優雅に楽しむ。いくらリラックスしやすいからといって、パジャマやジャージなんてもってのほかだ。

 グラスに注ぐのは20世紀BLでは重厚にブランデーだったが、いまや軽やかにはじけるシャンパンに決定! それもホストクラブ御用達(?)になってしまったドンペリではなく、ちょっと名前が難しくて筆者にはフォローできない一流メゾンの逸品があけられる。

 軽い食事を攻め様が作るのは、家事を分担してほしいという女性たちの切なる願いのあらわれだろうか。とはいってもレパートリーは少なくパスタと決まっている。ただし同じ麺類でもラーメンやうどんはありえない。逆にそばを打つところまでいくと、当て馬役に転落してしまう。マニアが入ると王道の攻め様ではなくなってしまうのだ。

 クルマは欧州メイド。国産車のシェアはかぎりなく低いので、日本経済が少々心配になってくる。

 ペットは洋種の大型犬。ゴールデンレトリバーやアフガンハウンドといった血統書付きだが、雑種の捨てネコ(含む人類)を拾うこともある。雨にぬれて冷えきった泥だらけのネコを、バスに放り込んで汚れを落とせば美青年というのもお約束だ。

 受けを着せ替え人形にして高級ブティックで買い物三昧。マイフェアレディかプリティーウーマン? 攻め様ご自身は三つ揃いの背広がデフォルトである。

 王道の典型をご紹介したが、ここまでくると攻めに込められた「男らしさ」とはどういうものかよくわかる。肉体的・能力的な男らしさだけではなく、富と権力が必須なのだ。

受けは流される

 一方、受けの特徴は、見かけの美しさもさることながら、なにより流されやすいところにある。「攻めは能動×受けは受動」という王道の役割分担の極端さは、もはや様式美レベルだ。なんと「流され美人」というキーワードまである。特にベッドでは流され放題、「いやっ」「やめてっ」といちおう拒否はするけれど、結局めちゃくちゃ感じまくり、「体は正直だな」などと言われるのもお決まりのパターンだ。

 性格や行動パターンは、攻めが「男らしさ」満載なステレオタイプなのに比べ、受けは結構バリエーション豊かである。基本ラインは不器用なのだが、まじめでいじらしい「けなげ受け」から、ツンデレなクールビューティー、キャンキャン吠える「ヤンチャ受け」まで実に様々だ。

 共通するのは欠乏のサインである。金がない、仕事がない、家族がない、そして自信がない。とくに攻めと受けの経済格差はひどい。親が死んだり破産したり、貧乏で住む場所さえないかわいそうな受けも少なくない。シリアスな欠乏だけでなく、終電を逃した、財布を落とした、雨なのに傘がないといった、ちょっとした欠乏状態も受けにはつきものだ。また虐待などのトラウマは受けのサインである。

 王道とは、恵まれない受けが社会的に有力な攻めによって救済される物語、もしくは受けが攻めと結ばれることによって、富と権力の分配にあずかる物語と読むこともできる。まさにシンデレラストーリーの男×男版だ。どうやら王道の攻め×受けは、単なる「男っぽい攻め×女っぽい受け」ではなく、男性優位×女性劣位の構図が投影されているようだ。

シンデレラは職業人

 となると受けたちに待っているのは玉の輿結婚なのだろうか? 実際BLには「花嫁もの」なる不可思議なジャンルもあるのだが、実はBLのテーマは恋の成就だけではない。受けの職業上のレベルアップがお約束となっている。結婚エンディングのハーレクインとの違いはそこにある。BLのシンデレラは職業人である。BLは女性の恋愛願望だけではなく、職業上の成功願望も満たしてくれるのだ。しかも愛という視点に立つなら、真の勝利者は受けという見方もできる。

 BLはその流行の時期から見て、女性の社会進出と密接な関係があるエンターテインメントである。バブル期に一気に進み、そして就職氷河期に凍りついた女性の社会進出。労働環境はその後もじりじりと厳しさを増し続けている。そんなもどかしい時期を、BLはカップルのあり方をシミュレーションしながら伴走してきたのだ。

 考えてみれば、2人とも職業を持っている夫婦の関係は、企業戦士と専業主婦の組み合わせより、むしろ男同士のカップルに近いのではないだろうか。

キーワードは下克上

 ところで誤解しないでいただきたいのだが、「王道」イコールBLというわけではない。むしろBLの本当のおもしろさは、シンデレラストーリーという歴史的な典型をひっくり返す下克上にある。

 有能な従者が王子様を組み伏せ、貧乏だが屈強な庶民が御曹司を押し倒す。こういうのはワクワクする。「王道」がスタンダードとして共有されているからこそ、なおさら刺激的に感じられるのかもしれない。もっともこのようなタイプの作品は意外に抵抗が少ないのではないだろうか。身分や貧富にかかわらず「男らしい」男が攻めになる下克上は、「男らしさ」を重んじるコンサバティブな読者でも必然と思えるからだ。

 しかしBLは単なる下克上にとどまらない。BLには「男らしさ」に切り込んで打ち崩す作品が大量に存在する。いったいどんなことが起きているのだろうか。手がかりはBL界のキーワードにある。

 ワンコ攻め ヘタレ攻め 乙女攻め オヤジ受け ヒゲ受け 誘い受け 襲い受け 男前受け……

 わけのわからない暗号のようだと思う方もいらっしゃるだろうが、次回はこれら逸脱と逆転のBLにスポットライトを当てるつもりなので、お楽しみに。


(1)秋月こお『寒冷前線コンダクター 富士見二丁目交響楽団シリーズ』(角川ルビー文庫)角川書店、1994年(初出:「小説JUNE」1992年10月号、マガジン・マガジン)
(2)谷崎泉『しあわせにできる』(二見シャレード文庫)、二見書房、2003年
(3)鈴藤みわ『楽園のうた』(SPARK NOVELS)、祥伝社、2009年。携帯小説家支援ポータルサイト「ポケスペクリエイターズ」(http://pkcr.jp/)で累計8,000万ページビューの大ヒットBL小説。
(4)みさき志織『学園エンペラー――愛してみやがれ!!』プランタン出版、2005年
(5)神葉理世『美男の殿堂』(ビーボーイコミックス)、ビブロス、2003年

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