2001-10-19

佐々木陽子『総力戦と女性兵士』
女性の兵力化は「前進」か?

 本書は、ナショナリズムの要請によって創出された第二次世界大戦時の女性兵士に焦点をあてている。アメリカは「同時多発テロ」を契機に、いま、アフガニスタンのタリバンとの戦争につき進んでいる。この「新しい戦争」と呼ばれるアフガ … 続きを読む

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2001-08-01

金子 淳『博物館の政治学』
「博物館人の非政治性」への実践的な批判

 「博物館は政治的な存在である」と言うと、どのような印象を持たれるだろうか。青弓社の本を好んで読まれるような方はおそらく、「何をいまさらあたりまえなことを」と思われるだろう。あるいは、もしかすると、昨今の「カルスタ」の洗 … 続きを読む

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2001-07-01

浅見克彦『愛する人を所有するということ』
所有の罪を背負った愛

 愛を論じた書物はごまんとあるのに、さらにその数を増やしてしまった。「もううんざりだ」という声が聞こえてきそうだ。でも、著者が言うのもなんだけれど、この書き物にはそれなりに独自性があると思う。  この書き物は、性愛を思想 … 続きを読む

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2001-04-19

坪井秀人『偏見というまなざし』
「偏見」を語ること、「箱」を超えること

 『偏見というまなざし』というこの本の企画は、編集者の林桂吾さんが名古屋にいたときに私の研究室に何度かきて、ひととおりいまの文学や思想の状況について雑談を繰り返したあと、「なにかおもしろい本が出せないかなあ」という思いを … 続きを読む

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2001-02-10

落合真司『中島みゆき・円環する癒し』
プロの境界線

 わたしはプロの音楽ライターではない。たとえばコンサートリポートを書く場合、プロの音楽ライターなら「ブレイクするきっかけとなったシングルの『○○○』をステージでどのように唄うかが、今回コンサートを観るわたしのテーマだった … 続きを読む

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2000-12-20

鶴岡英理子『宝塚ゼミ00年』
宝塚ゼミ24時間開放中!

 真夏だったのに・・・そう思いながら空を眺めている。なんだか気がついたら冬で、気がついたら2000年、ミレニアムイヤーの終わりが近づいていた、そんな気分なのだ。でも手元に一冊の本がある。 『宝塚ゼミ00年』  駆け抜けた … 続きを読む

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2000-10-30

奥村敏明『文庫パノラマ館』
文庫放浪記

 土曜日になると神保町の雰囲気が変わる。街にはスポーツ用品や楽器を目当てにやって来る若い人がめだつ。古書街にも遠方からの人が多くなって、街は普段着からよそゆきの顔になる。そんな日はこちらもよそゆきの顔をしていつもと違う街 … 続きを読む

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2000-09-01

近藤健児『絶版文庫三重奏』
絶版文庫演奏会への招待状

 お互いに面識はないものの、絶版文庫の汲めども尽きない魅力にとりつかれた点で意気投合した三人が、インターネットの掲示板上で情報交換をするうちに、この本の企画は誕生した。  田村道美は、名著名作の紹介に関しては、比較文学的 … 続きを読む

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2000-07-30

水野雅士『シャーロック・ホームズの時間旅行』
ドイルはパンのみにて生くるにあらず

 この本は、シャーロック・ホームズ物語をまだ読んだことがないか、あるいは子どものころ読んだことはあるがその後はひもといたことがないという方々を対象に、シャーロック・ホームズの世界のおもしろさと奥の深さを少しでも感じ取って … 続きを読む

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2000-04-30

許 光俊『オペラ大爆発!』
クラシック音楽批評とは消費者運動である

 誰だってあるとき、「どうして私は勉強しなければならないのだろう?」「なぜ私はこの世にいるのだろう?」「自分は何なのだろう?」などという問いに、前触れもなく直撃されたことがあるはず。  あまりにも根源的なそんな問いに、も … 続きを読む

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