2002-10-15

山本善行『古本泣き笑い日記』
一書畏るべし

 まさか自分が古本日記を書くことになるとは思わなかった。ただ、ひとの読む本、買う本が気になるほうで、ひとの日記を読むのはずっと好きだった。  たとえば、殿山泰司の『JAMJAM日記』や、小林信彦『1960年代日記』は何回 … 続きを読む

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2002-08-01

森 佳子『笑うオペラ』
ワインでもあけて、オペラで笑って!

 この本は私にとって、はじめての書き下ろしである。オペラという広大な森に入り込み、笑いの角度からあちこち枝を切り取って、コラージュを作ってみた。一つのキャンバスにいろいろなものを構成して貼り付けていくような感じでやってみ … 続きを読む

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2002-07-24

田中マリコ『宝塚冗談タイムス』
献辞。匠ひびき、絵麻緒ゆう、そして2001年度に退団した61人の生徒たちに

 えー、どうも、みなさま。田中マリコです。今度、新刊を出しましたのでよろしくというごあいさつでございます。  今回はいつもの私の宝塚本と違い、ちょっとシリアスモードでまとめてみました。その意図は、いまの宝塚シーンそのもの … 続きを読む

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2002-07-10

山本宏子『日本の太鼓、アジアの太鼓』
『日本の太鼓、アジアの太鼓』を書き終えて

 自分の本が刊行されるというのは、なんとも晴れがましくうれしいものだ。いままでにも、さまざまなチャンスに、研究論文やエッセイを数えきれないほど(ちゃんと数えたことがないので)発表してきた。でも、それらが載っている本はすべ … 続きを読む

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2002-04-30

足立 博『まるごとピアノの本』
「音が苦」ではなく「音楽」のために

 振り返ってみれば、幼いころピアノに興味をもちはじめてから、半世紀ちかくがたってしまった。当時は、男の子がピアノなんて、という風潮と認識のなかで、もちろん、家にはピアノはなく、私は学校の休み時間に音楽教室にもぐり込んで、 … 続きを読む

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2002-04-11

太田省一『社会は笑う――ボケとツッコミの人間関係』
テレビっ子は語る

 そもそも文章を書くという行為がそうなのかもしれないが、書いてみてはじめて自分の書きたかったことに気づかされることがある。ましてや一冊の本ほどの分量にもなると、その感はいっそう深い。だから今回書いてみてそうした感覚になっ … 続きを読む

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2002-02-15

延吉 実『司馬遼太郎とその時代――戦中篇』
「他人の秘事」と文学と

 戦前期の大阪市浪速区は、司馬遼太郎こと福田定一の〈わが街〉であった。その街は、1945年(昭和20年)3月13日深夜から翌14日未明にかけて、アメリカ軍が大量に投下した焼夷弾で焼け野原になった。第一次大阪大空襲である。 … 続きを読む

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2001-11-10

大串夏身『文科系学生のインターネット検索術』
分野・テーマごとのリンク集を

 書き終わってまず感じたことは、これからインターネット上の情報検索を効果的におこなうためには、分野・テーマごとに優れたリンク集を作る必要があるということだ。  情報量が多くなるだけでなく、検索のための索引が精密になると、 … 続きを読む

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2001-10-19

佐々木陽子『総力戦と女性兵士』
女性の兵力化は「前進」か?

 本書は、ナショナリズムの要請によって創出された第二次世界大戦時の女性兵士に焦点をあてている。アメリカは「同時多発テロ」を契機に、いま、アフガニスタンのタリバンとの戦争につき進んでいる。この「新しい戦争」と呼ばれるアフガ … 続きを読む

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2001-08-01

金子 淳『博物館の政治学』
「博物館人の非政治性」への実践的な批判

 「博物館は政治的な存在である」と言うと、どのような印象を持たれるだろうか。青弓社の本を好んで読まれるような方はおそらく、「何をいまさらあたりまえなことを」と思われるだろう。あるいは、もしかすると、昨今の「カルスタ」の洗 … 続きを読む

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