2015-04-23

第45回 クリストファ・N・野澤先生をしのぶ

 日本人演奏家、および日本で活躍した海外の演奏家についての研究者・コレクターであったクリストファ・N・野澤先生が、2013年8月13日に亡くなられた。享年89歳。この知らせはなぜか伏せられていて、9月に入って私を含め、多 … 続きを読む

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2015-04-14

背中を押してくれたこと
――『政岡憲三とその時代――「日本アニメーションの父」の戦前と戦後』を書いて

萩原由加里  かれこれ10年以上に及んだ研究を1冊の本としてまとめる作業は、思っていたよりも骨が折れる作業だった。特に、本書のベースになった博士論文の提出から6年が過ぎている。博士論文の提出後から現在に至るまで、さまざま … 続きを読む

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2015-04-09

第1回 まじない食をたずねる旅へ――私はなぜまじない食に興味をもったのか

吉野りり花(日本の旅ライター・旅エッセイスト。日本の食文化を中心に執筆) 自然災害と隣り合わせの鹿児島で  私が生まれ育ったのは九州最南端の鹿児島県。幼い頃は薩摩半島の南の端っこに位置する指宿市に住んでいた。指宿は日本列 … 続きを読む

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第44回 諏訪根自子の新発見音源について

 2013年6月5日、「朝日新聞」の夕刊に諏訪根自子の新発見音源についての記事「天才少女全盛期の調べ」が掲載されていた。曲目はブラームスの『ヴァイオリン協奏曲』、1949年11月28日の放送で、東宝交響楽団との共演とある … 続きを読む

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はじめに ごあいさつに代えて

吉野りり花(日本の旅ライター・旅エッセイスト。日本の食文化を中心に執筆)  自然とは一体なにか。その問いからこの企画は始まった。自然とはいつも私たちのそばにあり、私たちが生きていくのになくてはならないもの。米、野菜、肉、 … 続きを読む

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2015-04-03

第1回 書店を辞めて、遍在する本屋を目指す

久禮亮太(久禮書店〈KUREBOOKS〉店主。あゆみBOOKS小石川店の元・店長)  はじめまして、久禮亮太と申します。今年の1月に、新刊書店のあゆみBOOKS小石川店の店長の職を離れ、「久禮書店」を始めました。 「久禮 … 続きを読む

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2015-04-02

幻の補論
――『人工授精の近代――戦後の「家族」と医療・技術』を書いて

由井秀樹  本書で主に語られているのは、戦後間もなく日本でもはじめられた、提供精子を用いた人工授精(非配偶者間人工授精;AID)の歴史だ。これは私の博士論文がベースになっているのだが、そこには組み込まれなかった幻の補論が … 続きを読む

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2015-03-11

広告写真は時代を映し出す投射装置である
――『広告写真のモダニズム――写真家・中山岩太と一九三○年代』を書いて

松實輝彦  本書は神戸と芦屋を拠点に活躍した写真家・中山岩太が1930年に撮影した一枚の広告写真をめぐって、当時の写真界や商業美術と呼ばれたデザイン界の動向、それらを含めた視覚文化メディアがどのような反応を示し、どのよう … 続きを読む

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2015-02-27

ラジオというメディアの魅力
――『コミュニティFMの可能性――公共性・地域・コミュニケーション』を書いて

北郷裕美  この原稿を書いている2月21日は(僭越ながら)私の誕生日である。以前から続いている「Facebook」のタイムラインには、新年の挨拶に匹敵するたくさんのメッセージがいまも入ってきている。年齢を意識する場面は日 … 続きを読む

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2015-02-20

戦争の時代の化粧品広告
――『戦時婦人雑誌の広告メディア論』を書いて

石田あゆう  戦争のさなかにあっては化粧どころではない。私もそう思ってきた。女性が化粧を楽しめるのは、平和な時代であってこそだと某ジャーナリストも言って(書いて)いた。だがそれがそうとも言い切れないのではないか、というの … 続きを読む

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