文学から〈他者のあやうさ〉を読む顔の剥奪

顔の剥奪 文学から〈他者のあやうさ〉を読む

鈴木 智之 著
四六判 208ページ 上製
定価:3000円+税
ISBN978-4-7872-9236-0 C0095
奥付の初版発行年月:2016年07月/書店発売日:2016年07月15日

在庫あり
「顔色をうかがう」「顔に出る」「顔を突き合わせる」――顔は身体の一部であるとともに、「他者と共に在る」ことを可能にしている器官でもある。顔の不在を物語る村上春樹や多和田葉子の作品から、他者と向き合う困難と可能性を描き出す文学批評。

版元から一言

「顔色をうかがう」「顔に出る」「顔を突き合わせる」「顔を作る」。顔は身体の一部であるとともに、「他者と共に在る」ことを可能にしている器官でもある。〈顔〉はつねに何かしらの意味をもち、物語を紡ぐのである。

では、顔を失うとどのような困難が私たちの前に立ち現れるだろうか。探偵小説に描かれる死体、村上春樹の乖離する顔、多和田葉子のペルソナ、林京子の引き裂かれた顔、そして探偵メグレが試みる顔の回復――。文学・小説が語る「顔の不在」の表象と、それを読んだときに感じる私たちの不安の源泉を丁寧にすくい取る。

電話・メール・SNSと、いまや私たちは顔を見合わせたことがない他者ともコミュニケーションできるようになった。だが、「顔が見えない関係」が拡大するのに反比例して、写真などで顔を過剰に露出することの価値が上昇している。そのような現代のありようを背景に、「顔の剥奪」を語る文学の読解から、他者との共在の困難と他者と出会い直すことの可能性を描き出す文学批評。

著者プロフィール

鈴木 智之(スズキ トモユキ)

1962年、東京都生まれ。法政大学社会学部教授。専攻は理論社会学、文化社会学。著書に『村上春樹と物語の条件』『「心の闇」と動機の語彙』(ともに青弓社)、『眼の奥に突き立てられた言葉の銛』(晶文社)、共編著に『失われざる十年の記憶』(青弓社)、『ケアとサポートの社会学』、訳書にベルナール・ライール『複数的人間』、ジャック・デュボア『現実を語る小説家たち』、クレール・マラン『熱のない人間』(いずれも法政大学出版局)、アーサー・W・フランク『傷ついた物語の語り手』(ゆみる出版)、共訳書にジグムント・バウマン『個人化社会』(青弓社)など。

目次

序章 顔をなくした者たちの物語
 1 共在の器官としての顔
 2 顔を見つめる動物
 3 顔を失うということ
 4 顔が現れないということ
 5 顔をなくした者たちの物語を読む

第1章 顔の剥奪――探偵小説と死者の表象
 1 手がかりの束としての死者=死体
 2 顔への悪意
 3 死者の身元をすりかえる
 4 表象の闘争
 5 他者の表象としての死者
 6 二重の暴力とそのアレゴリー

第2章 剥離する顔――村上春樹『国境の南、太陽の西』における「砂漠の生」の相貌
 1 空虚な「顔」
 2 取り返しがつかないこと――時間とその不可逆性をめぐる物語
 3 砂漠の生――はかなさと酷薄さ
 4 このあまりにも偶発的な生
 5 運命の恋、あるいは物語の起源
 6 「私は悪をなしうる存在である」
 7 人と人のあいだに現れる顔
 8 剥離する顔

第3章 異邦の顔――多和田葉子「ペルソナ」における他者の現れ(なさ)
 1 顔――見えざるものの現出としての
 2 顔の現れ(なさ)をめぐる物語
 3 「入植者」たち、あるいは「ゲットーの住人」
 4 コロニアルな欲望とレイシアルな想像力
 5 面を被る、ということ
 6 顔をなくしたまま歩行を続ける

第4章 引き裂かれた顔の記憶――林京子「道」における死者の現れ
 1 死者に出会うということ/死を書くということ
 2 最期の姿を求めて――「道」(一九七六年)
 3 証言の分裂――企ての破綻
 4 記憶から記憶へ――「道」での語りの重層と移行
 5 顔を奪われた死者たち
 6 引き裂かれた顔の記憶
 7 事実を知るということ/死者の顔に出会うということ

第5章 顔の回復――他者の現れを待ち続ける探偵としてのメグレ
 1 『メグレと首無し死体』
 2 定型からの逸脱
 3 「法医学」のまなざし 対 「ハビトゥス」の解読
 4 表情がない女
 5 「顔」の現れ
 6 越境する人間
 7 「顔」の回復=物語の回復

おわりに――脆弱な顔をさらしながら

あとがき