初期テレビジョンの考古学テレビが見世物だったころ

テレビが見世物だったころ 初期テレビジョンの考古学

飯田 豊 著
四六判 378ページ 上製
定価:2400円+税
ISBN978-4-7872-3399-8 C0036
奥付の初版発行年月:2016年03月/書店発売日:2016年03月18日

在庫あり
戦前の日本で、多様なアクターがテレビジョンという技術に魅了され、社会的な承認を獲得しようとしながら技術革新を目指していた事実を照射する。「戦後・街頭テレビ・力道山」という放送史の神話によって忘却されたテレビジョンの近代を跡づける技術社会史。

版元から一言

テレビ離れが叫ばれる一方で、スマホやパソコンから屋外に遍在するスクリーンまで、多様な形式で映像コンテンツは受容されている。ニコニコ生放送やパブリック・ビューイングなどの集団的な映像視聴は「戦後の街頭テレビ」の熱狂に例えられ、新しい映像文化はテレビ放送の原点に回帰しているとも言われる。
しかし、都市でテレビにふれるという経験は、戦前からテレビジョンの公開実験というかたちで人々の日常にあった――。
戦前のテレビジョン技術に対するアマチュアの熱狂、博覧会や展覧会での展示とその人気、逓信省のテレビジョン電話への欲望、幻の東京オリンピックと国策宣伝も含んだ実験放送……。「ラジオの時代」「映画の時代」とイメージされがちな戦前・戦中の日本で、アマチュア・興行師・技術者・政治家などの多様なアクターがテレビジョンという技術に魅了され、社会的な承認を獲得しようとしながら技術革新を目指していた事実を掘り起こす。
「戦後・街頭テレビ・力道山」という放送史の神話によって忘却されたテレビジョンの近代を丹念に跡づける技術社会史。

著者プロフィール

飯田 豊(イイダ ユタカ)

1979年、広島県生まれ。立命館大学産業社会学部准教授。専攻はメディア論、メディア技術史、文化社会学。編著に『メディア技術史』(北樹出版)、共著に『メディア・リテラシーの諸相』(ミネルヴァ書房)、『ヤンキー人類学』(フィルムアート社)、『IT時代の震災と核被害』(インプレスジャパン)、『ヤンキー文化論序説』(河出書房新社)、『コミュナルなケータイ』(岩波書店)、『路上のエスノグラフィ』(せりか書房)など。

目次

はじめに

第1章 アマチュアリズム――「趣味」のテレビジョン
 1 「テレビジョン」の初期衝動
 2 ラジオの公開実験、路上のモダニズム
 3 テレビジョン・アマチュアの興亡――啓蒙家としての苫米地貢

第2章 パブリック・ビューイング――早稲田大学の劇場テレビジョン
 1 アマチュア無線文化の残滓から、帝国科学の権威へ
 2 のぞいて見るか、あおいで見るか――浜松vs早稲田
 3 「興行価値百パーセント」――モダン都市の野球テレビジョン

第3章 テクノ・ナショナリズム――逓信省電気試験所のテレビジョン電話
 1 不遇の「テレビジョン行脚」
 2 北は樺太から南は台湾まで――テレビジョンの「技術報国」
 3 テレビジョン電話のまなざし

第4章 皇紀二千六百年――日本放送協会の実験放送
 1 「幻の東京オリンピック」を超えて
 2 実験放送の「番組」と「編成」
 3 祭りのあと

第5章 戦後への遺産――NHK、日本テレビ、そしてアマチュア
 1 「テレビジョン」から「テレビ」へ――NHKによる公開実験
 2 公開実験から街頭テレビへ――「放送史」の始まり
 3 アマチュアリズムの行方――趣味のテレビジョン、再び

おわりに

あとがき

索引