なぜ日本では略奪も暴動もおきないのか犯罪の世間学

青弓社ライブラリー 86
犯罪の世間学 なぜ日本では略奪も暴動もおきないのか

佐藤 直樹 著
四六判 218ページ 並製
定価:1600円+税
ISBN978-4-7872-3394-3 C0336
奥付の初版発行年月:2015年12月/書店発売日:2015年12月10日

在庫あり
日本独特の秩序で法のルール以前に私たちを縛る「世間」が、その排他性を強めて犯罪を生み出している。1990年代以降の犯罪の厳罰化、2000年代以降の殺害事件や脅迫事件を「世間」の視点から読み解き、息苦しさや閉塞感が増す日本の「空気」に迫る時代診断の書。

版元から一言

ときに海外メディアから称賛される治安のよさ、略奪や暴動を起こさず、起きたとしてもそれに厳しい目を向ける日本人――その感性を作り出す独特の秩序であり、法のルール以前に私たちを縛る「世間」。
歴史学者・阿部謹也が提唱した世間論の骨子を、「空気を読む」「既読スルー」「ママカースト」などを例に紹介し、「個人の消去」「贈与・互酬の関係」「高い同調圧力」「排他性」「呪術性」といった「世間」の特徴をまず解説する。
そのうえで、犯罪をケガレとしてソトに排除しながらも、反省と謝罪でゆるしてウチに包摂もするという相反する性質をもつ「世間」で排他性が強化されていることを、1990年代末以降に台頭する犯罪の厳罰化を導きの糸として明らかにする。また、イスラム国人質殺害事件の被害者家族の謝罪やさまざまなバッシング、ネットでの炎上などの具体例から、排他性を下支えする同調圧力が日本で近年、とくに高まっていることを指摘する。
そして、排除志向を強めた「世間」が、人々の息苦しさや閉塞感を加速させて犯罪を生み出す仕組みを、2008年の秋葉原無差別殺傷事件、12年の『黒子のバスケ』脅迫事件、14年の佐世保高一女子同級生殺害事件の3つの事件を具体例にして精緻に読み解いていく。
ニッポン礼賛がテレビやネットにあふれファシズムにも似た「空気」が覆う日本の現状に、「世間」という視点から鋭く迫る時代診断の書。

著者プロフィール

佐藤 直樹(サトウ ナオキ)

1951年、宮城県生まれ。九州工業大学名誉教授・現代評論家。1999年の日本世間学会創立時に、初代代表幹事として参画。現在、新聞・雑誌・テレビ・ラジオなどで、世間についての評論活動を続けている。専攻は刑事法学、現代評論、世間学。著書に『「世間」の現象学』『刑法39条はもういらない』(ともに青弓社)、『世間の目』(光文社)、『暴走する「世間」』(バジリコ)、『暴走する「世間」で生きのびるためのお作法』(講談社)、『なぜ日本人はとりあえず謝るのか』(PHP研究所)、『なぜ日本人は世間と寝たがるのか』(春秋社)など。ウェブサイトhttp://www.satonaoki.com

目次

はじめに

第1章 犯罪を抑止する「世間」
 1 世間論素描
 2 日本型権力としての「世間」
 3 日本の犯罪率が低いのはなぜか

第2章 犯罪/処罰を取り巻く「世間」
 1 「処罰福祉主義」をめぐって
 2 一九九〇年代末の排除=厳罰化はなぜおきたのか
 3 「世間」の「復活」と「新しいファシズム」

第3章 犯罪を生み出す「世間」
 1 二〇〇八年:秋葉原無差別殺傷事件
 2 二〇一二―一三年:『黒子のバスケ』脅迫事件
 3 二〇一四年:佐世保高一女子同級生殺害事件

おわりに